食欲旺盛な飼い犬に対して、「エサを与えれば与えるだけ食べてしまう」と感じたことのある飼い主は少なくないでしょう。

大型犬は、食べるスピードが速いだけでなく、本当によく食べます。

単に「体が大きいから」「ごはんが好きだから」と考える飼い主もいますが、最近の研究により、一部のイヌは遺伝子変異が関係していたと判明しました。

イギリスのケンブリッジ大学(University of Cambridge)に所属するエレノア・ラファン氏ら研究チームは、ラブラドール・レトリバーの約25%、フラットコーテッド・レトリバーの約66%が、ある遺伝子の変異により、食間に強い空腹感が生じ、代謝も低下していると報告しました。

一部のイヌたちは、肥満になりやすい「二重苦」を抱えていたのです。

ゲーム「モンスターハンター」には、常に空腹のため捕食し続ける暴食のモンスター「イビルジョー」という架空の生物が登場しますが、実際食べても空腹が癒えないという遺伝子は現実に存在し得るようです。

研究の詳細は、2024年3月6日付の学術誌『Science Advances』に掲載されました。

目次

  • 大人気なレトリバーの一部には遺伝子変異がある
  • 遺伝子変異を持つレトリバーは食間に強い空腹を感じる
  • 一部のレトリバーは太りやすい「二重苦」を抱えている

大人気なレトリバーの一部には遺伝子変異がある

ラブラドール・レトリバー / Credit:Wikipedia Commons_ラブラドール・レトリバー

大きな体、愛くるしい仕草、そして優しい目が特徴の「ラブラドール・レトリバー」は、世界的にも大人気な犬種の1つです。

幼児から高齢者まで、良き遊び相手であると共に、保護者としての役割も果たしてくれます。

そんなラブラドール・レトリバーは、食欲旺盛でごはんが大好きなことで知られています。

健康のために、「食べ過ぎないよう」コントロールしている飼い主も少なくないでしょう。

フラットコーテッド・レトリバー / Credit:Wikipedia Commons_フラットコーテッド・レトリーバー

一方、「フラットコーテッド・レトリバー」は、他のレトリバーに比べて細身な犬種です。

陽気で友好的なため、子供や他のイヌと遊ぶことを好みます。

ラブラドール・レトリバーほどではありませんが、世界的に人気です。

これらのレトリバーに対する最新の研究では、彼らの一部が遺伝子変異により太りやすいと判明しました。

ラブラドール・レトリバーの約25%、フラットコーテッド・レトリバーの約66%が、「POMC(Proopiomelanocortin)」と呼ばれる遺伝子に変異を起こしていると分かったのです。

このPOMC遺伝子の変異は、これまでの研究により、「体重調整に関連する脳内の経路を変化させる」ことが分かっていましたが、それが食習慣にどのような影響を与えるのか正確には知られていませんでした。

そこでラファン氏ら研究チームは、ラブラドール・レトリバーやフラットコーテッド・レトリバーを対象に、食欲と代謝に焦点を当てた実験を行いました。

遺伝子変異を持つレトリバーは食間に強い空腹を感じる

ラブラドール・レトリバーに食べるだけエサを与える実験。POMC変異を持つイヌとそうでないイヌに違いなし。 / Credit:Canva

最初に研究チームは、87頭の成犬ラブラドール・レトリバーを対象に、彼らがそれ以上食べなくなるまで、20分ごとに缶詰のドッグフードを与えました。

その結果、すべてのイヌが大量のドッグフードを食べましたが、その総量には大きな違いがありませんでした。

POMC変異を持つイヌだからといって、そうでないイヌよりも多く食べることはなかったのです。

このことは、POMC変異を持つイヌも、そうでないイヌも、同じ程度の満腹感を持っていることを示しています。

容器に入ったソーセージを何とか食べようと試みるラブラドール・レトリバー / Credit:Eleanor Raffan(University of Cambridge)et al., Science Advances(2024)

次の実験では、同じラブラドール・レトリバーたちを対象に、食間の反応を調べました。

このテストでは、イヌたちに「透明な容器に入ったソーセージ」が与えられました。

イヌたちはソーセージを見たり、匂いを嗅いだりできますが、その容器を開けてソーセージを食べることはできません。

その結果、POMC変異を持つイヌは、そうでないイヌに比べて、より長い時間、ソーセージを箱から取り出そうと奮闘すると分かりました。

研究チームは、このことが「より強い空腹感を持つことの証拠」だと述べています。

また別の実験では、フラットコーテッド・レトリバーを対象に、睡眠中(安静時)の代謝を測定しました。

その結果、POMC変異を持つイヌは、そうでないイヌに比べて消費カロリーが約25%少ないことが明らかになりました。

一部のレトリバーは太りやすい「二重苦」を抱えている

遺伝子変異を持つレトリバーは、太りやすい「二重苦」を抱えている / Credit:Canva

これら実験の結果は、POMC変異を持つラブラドール・レトリバーとフラットコーテッド・レトリバーが、太りやすい「二重苦」を抱えていることを示します。

彼らは、食事と食事の間により強い空腹を感じるだけでなく、消費カロリーも少ないのです。

ラファン氏は、次のように結論付けています。

「私たちは、POMC遺伝子の変異により、イヌの空腹感が増すことを発見しました。

彼らは変異のないイヌよりも食間にすぐおなかが空くため、過食する傾向があります」

しかも、「もっと食べたいだけでなく、カロリー消費が速くないため、必要なカロリーは少ない」のです。

このことから、POMC変異は、脳内の経路を変化させ、体に飢餓信号を引き起こすものだと分かります。

いわば飢餓状態だと錯覚した体が、生命を維持するために、消費エネルギーを節約し、より多くのエネルギーを取り入れようとするわけですね。

遺伝子変異を持つレトリバーの飼い主は、より愛犬の食事に気を付けなければいけない / Credit:Eleanor Raffan(University of Cambridge)_Genetic mutation in a quarter of all Labradors hard-wires them for obesity(2024 EurekAlert)

ラブラドール・レトリバーの約25%、フラットコーテッド・レトリバーの約66%が絶えずそのような状態にあるということは、レトリバーの飼い主の多くが、愛犬の食欲に上手に対処しなければいけないことを示しています。

実際、POMC変異のあるレトリバーは、常に食べ物を探しており、飼い主の管理(食事や運動)が不適切でなくとも、太ってしまうことがあるようです。

では、POMC変異を持った「食いしん坊で痩せにくい」レトリバーには、どう対処できるでしょうか。

ラファン氏は、「これらのイヌをスリムに保つのは難しい」とした上で、次の方法を用いることで「管理が可能だ」と述べています。

1日に与えるエサの量はそのままで、食事の回数を増やすことで、レトリバーの空腹感を紛らわすことができるというのです。

ワンコの「ご褒美」は、おやつではなく散歩にしよう / Credit:Canva

また、パズルフィーダー(エサを取りにくくするエサ入れ)を用いたり、庭にエサをばらまいたりすることで、一気に食べないよう工夫することもできます。

さらに、愛情を示す方法として、「おやつを与える代わりに、散歩してあげる」などの代替方法も効果的なようです。

レトリバーは日本でも大人気であり、私たちが飼育しているレトリバーも、POMC変異を持っている可能性があります。

そんな遺伝子的に食いしん坊なワンコには、一層気を遣って、できるだけ健康でいさせてあげてくださいね。

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参考文献

Genetic mutation in a quarter of all Labradors hard-wires them for obesity
https://www.eurekalert.org/news-releases/1036238

元論文

Low resting metabolic rate and increased hunger due to β-MSH and β-endorphin deletion in a canine model
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adj3823

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 食べても食べても空腹感が癒えない遺伝子変異が見つかる!