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11名の被験者を含むクルーたちは2018年3月〜8月までの約6カ月間を南極で過ごし、少人数で閉鎖的な生活を続けました。
その一人であるマーロン・クラーク(Marlon Clark)氏は、南極での生活について「衛星電話は高いので家族や友人と連絡を取ることはほとんどなく、仲間内だけで一緒に働いて、食事をし、交流をしていました」と話しています。
実際の発音調査は、半年の滞在期間のうちに6週間おきに計4回行われました。
調査は基地内の静かなスペースで実施され、被験者はコンピューター画面にランダムに表示される28個の単語を一つずつ読み上げ、それを何度か繰り返し、録音します。
各セッションは約10分間です。
単語に含まれるのは「フード(Food)」「コーヒー(Coffee)」「ディスコ(Disco)」といった日常的に使っているものがほとんどです。
これをLMUミュンヘンの音声学研究チームが分析したところ、いくつかの単語にわずかな発音の変化が生じていることが分かりました。
例えば、11人の被験者は「フロー(flow=流れ)」や「ソウ(sew=縫う)」などの単語の「ou」のアクセント位置を、南極に行く前に比べて、声帯のより前方で生成するようになっていたのです。
これは通常の英語にはない彼ら独特の新しいアクセントで、「南極訛り」と表現できるものでした。
研究主任のジョナサン・ハリントン(Jonathan Harrington)氏は、6カ月という期間は長くないにもかかわらず、発音の変化が見られたのは驚くべきことと説明しています。
一方で、南極にいた本人たちは自身の発音が変化していることには気づいていなかったという。
また興味深いことに、南極に滞在したクルーたちは仲間内だけで通じる”スラング(俗語)”のようなものも発明していたといいます。
クルーの一人であるクラーク氏によると「例えば、ナイス・デイ(nice day=いい天気だ)をディングル・デイ(dingle day)という奇妙な言い回しをするようになった」という。
これは普通の英語話者にも意味のわからない言い方だといいます。
チームはこの調査報告について、地域ごとの方言が誕生するプロセスの理解につながると述べました。
このように発音の変化やスラングが発生した理由について研究者は、少人数の閉鎖されたコミュニティ内で交流し続けることで、お互いの話し方に影響を及ぼし合っていることが原因であると指摘しました。
私たちは誰でも他者と会話をするとき、相手の話し方や発音の特徴にさらされており、無意識的にもそれらを記憶しています。
さらにそうした交流が限られたメンバーの中で長期にわたり持続すると、互いの話し方が伝染し合い、コミュニティ内での独特の話し方が生まれるのです。
これは何も南極での隔離生活に限りません。
仲間内だけで通用するような言い回しや造語が流行るという現象は、高校の部活や大学のサークルから、ネット内のコミュニティまで幅広く確認できます。
こうした現象は「方言」が発生する初期段階に当たると見られています。
その一方で、ハリントン氏は「新たに誕生したアクセントが定着するようになるには世代交代が必要でしょう」と指摘。
「子供たちは大人の模倣をするのがとても上手なので、新たな方言がコミュニティに定着するプロセスは次の世代の子供の中で拡大されます」と説明しました。
ただ南極で家族を形成して生涯にわたり住み続けるのは困難なので、「南極訛り」は一代限りで消える運命にあるかもしれません。
またハリントン氏らは、今回の調査報告がイギリス英語からアメリカ英語が派生した秘密を紐解く鍵にもなると考えています。
イギリス英語とアメリカ英語は発音がかなり違っており、それぞれの国で作られた映画などを見ると違いが分かります。
一例として「水(Water)」の発音を挙げますと、イギリス英語は「ウォーター」や「ウォーツァー」のように舌先を弾くようなTの発音をしっかりしますが、アメリカ英語では「ウォーラー」のように鼻から呼気を抜くような発音をします。
両者の違いは以下の20秒あたりから視聴できます。
歴史的に見ると、このようなアメリカ英語の派生は1620年9月にメイフラワー号に乗ってアメリカに渡ったイギリス人植民者に起源があると見られています。
彼らは宗教的迫害から逃れるために新世界に移住を試みたピューリタン(プロテスタントの一派)であり、「ピルグリムファーザーズ」という名称で有名です。
メイフラワー号には102名のピューリタンが乗っていたとされ、彼らは現在のマサチューセッツ州プリマスに上陸し、独自の植民地を築き上げました。
これが現代に続くアメリカ合衆国への始まりです。
この中で南極の隔離生活と同じように、閉鎖的なピューリタン同士の会話から現在のアメリカ英語の萌芽のようなものが生まれたと予想されています。
このように閉鎖的なコミュニティの長期的な生活が新たな方言を生むとするなら、人類が宇宙に進出する未来を考えると、「月面訛り」や「火星訛り」などが生まれるかもしれません。
参考文献
Isolated for six months, scientists in Antarctica began to develop their own accent
https://www.bbc.com/future/article/20240223-scientists-in-antarctica-developed-their-own-accent-after-six-months-of-isolation
元論文
Phonetic change in an Antarctic winter
https://doi.org/10.1121/1.5130709
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。