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電気ケトルなどに付着する「水垢」は、石灰(炭酸カルシウム)が堆積したものであり、「石灰鱗」や「ライムスケール」などと呼ばれます。
これを取り除くのは簡単ではなく、大抵の場合、酢や特別な除去剤を用いて堆積物を溶かします。
また同様の現象は、火力発電所などの熱交換器でも生じており、この場合は「ファウリング」と呼ばれています。
例えば、ファウリングによって熱交換器のパイプ内にわずか1mmの厚さのライムスケールが付着するだけでも、発電効率は約1.5%も低下します。
この損失を埋めわせるためには、追加で870万トンもの石炭を燃焼させる必要があるのだとか。
これらを考えると、身近な存在である「水垢」は、日常生活から工業施設に至るまで厄介な存在だと言えます。
では、それらが厄介で、なおかつ取り除くのが大変なのであれば、「そもそも表面に付着するのを防ぐ」ことはできないのでしょうか。
残念なことに、ライムスケールの付着を防ぐ研究は、これまでほとんど行われてきませんでした。
しかし今回、シュミット氏ら研究チームはこの課題に取り組み、成功を収めました。
研究チームが開発したのは、水垢であるライムスケールの結晶(石灰質の結晶)の付着を防ぐコーティングです。
ライムスケールは、水の中に含まれる物質が表面に付着し、徐々に成長していくことで発生しますが、新しいコーティングは、物質の付着力を弱めることで、ライムスケールの成長を抑制しています。
この新しいコーティングは、ヒドロゲル(ハイドロゲルとも言う。水を内部に含む物質)を材料にしています。
そして「フォトリソグラフィ」と呼ばれる写真の現像技術を応用したパターン作製技術を用いて、コーティング対象の表面の上に、微細な凹凸構造を作るのです。
研究チームによると、「このヒドロゲルの微細構造は、汚れの付着を抑制するサメ肌(楯鱗:じゅんりん)のような自然モデルを彷彿とさせる」とのこと。
実際、対象の表面がヒドロゲルで凹凸にコーティングされると、石灰質の結晶の接触面が小さくなり、接着力が低下します。
そしてコーティング上に弱い接着力で形成された結晶は、水流によって自然と除去されることが多くなります。
もちろん、このコーティングによって水垢(ライムスケール)の形成を完全に防ぐことはできませんが、結晶が大きく成長することを抑制することはできるのです。
実験では、ヒドロゲルでコーティングした表面に水を流すと、その表面には約10μmのライムスケール結晶が成長しましたが、その結晶の98%が水流で除去されました。
このことは、新しく開発されたヒドロゲルのコーティングが、水垢の防止に非常に効果的であることを示しています。
研究チームは、ヒドロゲルには生体適合性があり、環境にやさしいことから、化学物質を使用する従来の除去方法よりも優れていることを強調しています。
そして彼らは、この技術に関して特許を申請するのではなく、科学雑誌で公開することを選びました。
これにより、すべての関係者が自由にこの技術を用いて「水垢を抑制するコーティング」を開発・利用できます。
この技術が用いられた「水垢防止コーティングの電気ケトル」が登場するのも、そう遠くはないかもしれませんね。
参考文献
Innovative coating prevents limescale formation
https://ethz.ch/en/news-and-events/eth-news/news/2024/02/innovative-coating-prevents-limescale-formation.html
元論文
Imparting scalephobicity with rational microtexturing of soft materials
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adj0324
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。