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これまでの研究では、クマムシたちの驚異的な耐性能力は、乾燥に反応して極端な代謝停止に移行することで達成されることが示されています。
クマムシたち細胞は乾燥に直面すると、ある種のガラス化状態に移行して生命活動を停止させることが可能であり、異常な環境を仮死状態で乗り切るのです。
代謝が停止したクマムシたちは一切の動きを停止し、呼吸も行わなくなります。
(※ガラス化によって核など細胞の重要な部品やDNAを固めて保持することができます)
実際クマムシたちの遺伝子を調べると、この変化に関連した、他の種には存在しない固有の遺伝子群が存在しています。
そのためクマムシちはしばしば無茶な実験にも駆り出されることがあります。
たとえば以前に行われた研究では上の図のように、極低温環境にて、量子もつれを構成する回路の一部としてクマムシが使われました。
量子回路に動物を組み込む必要性については議論があるところですが、実験後にもクマムシたちは再び活動を開始し、量子実験を生き延びたことが示されました。
またNASAが後援する「スターライトプロジェクト」では、クマムシを乗せた光学帆船を光速の30%まで加速させ、プロキシマケンタウリの惑星を目指す計画が検討されています。
クマムシならば恒星間航行という過酷な環境に耐えられる可能性があるからです。
(※なお宇宙船には減速装置は搭載されていないため、クマムシを乗せた宇宙船は光速の30%まで加速したのち、目的地のプロキシマケンタウリの惑星に、同じく光速の30%で突っ込むことになります)
ただ既存の研究は主としてクマムシの超耐性能力を調べたり、その能力を利用する実験に重きが置かれており「クマムシの進化」にかんしてはあまり着目されていませんでした。
そのためクマムシたちがどこから来て、進化のどこで、どのように超耐性能力を獲得したのかは多くが謎に包まれていました。
そこで今回慶應義塾大学の研究者たちは、数あるクマムシのうち8科13属の遺伝子を調査し、クマムシグループの進化の道筋を構築することにしました。
すると海を起源とする意外なストーリーが浮かび上がってきました。
クマムシたちはどうやって超耐性能力を獲得したのか?
調査において特に着目されたのはクマムシが持つ、熱に強いタンパク質(熱可溶性タンパク質)の遺伝子やストレス耐性遺伝子の存在でした。
普通の生命のタンパク質は60℃前後の高温に晒されると変性して失活してしまい、水に溶け込む能力を失って沈殿しまいます。
一方、熱可溶性タンパク質は90℃以上になっても水に溶ける能力を維持しており、クマムシの驚異的な耐性能力を支える仕組みを構成していると考えられています。
熱可溶性タンパク質は細胞内の働く場所によっていくつかに別れており、真クマムシ網に属する種では細胞質部分で働くもの(CAHS)、ミトコンドリア内部で働くもの(MAHS)、細胞外部に分泌されて働くもの(SAHS)の3種類が確認できました。
一方、異クマムシ網に属する種では別系統ながらも同じ働きをするEtAHSαとEtAHSβの2種類が確認されています。
またストレス耐性遺伝子としてはMRE11の存在が調べられました。
また上の図の右の数値はそれぞれの種が持つ熱可溶性タンパク質の遺伝子数とストレス耐性遺伝子の数となっており、真クマムシ網と異クマムシ網では系統が大きく異なる熱可溶性タンパク質を利用していることがわかります。
この結果は、クマムシの海から陸地への進出イベントは独立した2回によって行われたことを示しています。
(※1つ目は真クマムシ網、もう1つ目は異クマムシ網。それぞれの耐性のよって立つ遺伝子が異なるということは、陸上への進出が時と場所を別にして独立していることを示唆します。)
というのも、陸上に進出した先祖が共通である場合、重要な耐性を授けてくれる熱可溶性タンパク質が同じだと考えられるからです。
次に研究者たちは遺伝子の数と生息地の関係を調べました。
事前の予想では、乾燥しやすい地域に住むクマムシは熱可溶性タンパク質の遺伝子数が多く、湿った地域に住むクマムシは逆に少ないと考えられていました。
しかし詳しく分析したところ、ある程度の一致がみられる場合があるものの、全体として、乾燥度度合いと熱可溶性タンパク質の遺伝子数には明確な相関関係が存在しないことが示されました。
たとえば乾燥耐性が強いオニクマムシと乾燥耐性が弱いチョウメイムシを比較したところ、熱可溶性タンパク質の数はオニクマムシのほうが少なくなっていました。
このことから研究者たちは、クマムシたちに刻まれた遺伝子のパターンは、現代の陸上種の生活場所とは一致せず、もっと複雑な過去に起きた適応を反映している可能性があると述べています。
数億年前に2回にわけて海から陸にあがったクマムシたちは、いったいどんな激動の歴史と進化を体験したのでしょうか?
将来の研究で理解が進めば、驚異的な耐性を持つ生物たちの適応戦略を浮き彫りにできるでしょう。
参考文献
Tardigrade genomes reveal the secrets of extreme survival
https://www.eurekalert.org/news-releases/1031967
元論文
Highlight: Tardigrades and the Science of Extreme Survival
https://academic.oup.com/gbe/article/16/1/evad234/7577888?login=false
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。