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この都市に朝日が差し込む、日の出からスタートして、水星が1回転したときこの都市から太陽がどのように見えるか考えてみましょう。
水星の自転は、公転と同じくらい遅いため、1回転しても完全に太陽に背を向けることができないのです。これは地球に常に同じ面を向ける月と地球の関係に似ています。
そのため、1回自転しても、水星上の都市では1日の半分も経過していない状態になってしまいます。せいぜいお昼過ぎぐらいです。
公転周期の88地球日たってちょうど、水星の都市は日の入になるので、1年の時間が過ぎても、まだ半日、やっと夕方なのです。したがって、自転周期は59地球日ですが、水星の1日は176地球日ということになるのです。
水星では1日の長さが公転周期の2倍になっていますが、自転周期と公転周期の間にも奇妙な関係があります。水星の自転周期と公転周期の比は2:3です。水星が太陽の周りを2回転する間に3回自転するという関係です。
太陽系天体の運動にはこうした簡単な整数比になる現象が良く見られます。
例えば、地球の衛星である月は、地球にいつも同じ面を向けています。これは月の自転周期と地球の周りをまわる公転周期が一致しているからです。比で表すと1:1となります。このような現象は「軌道共鳴(平均運動共鳴)」と呼ばれています。
水星の自転と公転が共鳴する原因は太陽からの潮汐力のためと考えられます。
太陽の重力の強さが太陽に近い側と反対側で異なるため、水星は太陽方向に引き伸ばされます。
しかし、引き伸ばされた膨らみの部分(図の緑色部分)は水星の自転に引きずられて太陽方向からはわずかにずれます。このときに膨らみに働く重力(太陽からの引力)について考えてみましょう。
自転方向の成分に注目すると、太陽に近い側では自転と反対方向の力が働き、太陽から遠い側では自転と同じ方向の力が働きます。太陽に近い側の力が強いので結果として自転を妨げる作用が働きます。
このため、自転は次第に遅くなり、自転周期と公転周期の間には整数の比例関係が生じます。
太陽に一番近い惑星である水星は、太陽からの強烈な熱を受けて昼間は400℃にまで温度が上がります。これは、鉛が融けてしまう温度です。
一方、夜になると大気がほとんどないので熱が急速に宇宙空間に逃れ、-200℃という超低温の世界になります。
水星の1日の長さは176地球日であるため、400℃の灼熱状態が88日続いた後、-200℃の極寒状態が88日続くというサイクルが繰り返されています。
実は筆者は見たことがありません。地球から水星を見るのはとても難しいのです。ベテランのアマチュア天文学者(市民研究者)でも水星を見たことがない人は多いようです。
水星を見るのが難しい理由の1つは、水星が太陽に近すぎるからです。
地球軌道の内側を公転する惑星を内惑星、外側を回る惑星を外惑星と呼びます。外惑星は、太陽と反対方向の位置になることがあり、深夜の夜空に輝くことがあります。それに対して内惑星は太陽の近傍から大きく離れることはありません。
地球から見て内惑星が太陽から最も離れるタイミングを最大離角といいます。水星の場合最大離角のときでも太陽から28°程度しか離れません。そのため、日没直後の西の地平線あたりか、もしくは日の出直前の東の地平線近くにしか見えません。
また、水星は小さな惑星なので輝きが弱く、明け方や夕方の明るい空の中で見つけるのは難しいでしょう。
地上からの観測が難しいので、惑星科学者は水星の謎の解明のために探査機を水星の近くに送り込んでいます。
実際に、1974年に水星に最接近した探査機マリナー10号によってはじめて水星の素顔が明らかになりました。2011年には探査機メッセンジャーが水星を周回する軌道に乗り、現在も観測を続けています。
また、欧州宇宙機関(ESA)と日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の共同プロジェクトとして2018年10月に打ち上げられたベピ・コロンボ (BepiColombo) ミッションでは、水星磁気圏探査機「みお」と水星表面探査機MPOの2機の探査機が2025年12月に水星周回軌道へ投入される予定です。
しかしながら、水星は地球から近いにもかかわらず、水星探査ミッションはそこまでに多くありません。実績としてはマリナー10号とメッセンジャーだけなので非常に少ないのです。それは水星が探査機による探査も難しい惑星だからです。
水星に到達するには多くのエネルギーが必要です。水星は地球より太陽に近いので、地球の重力圏を脱出すれば、太陽からの引力を利用して加速できます。しかし、それだけだと加速しすぎて水星の軌道を通り過ぎてしまったり太陽に向かって落ちてしまいます。そうならないように適切にブレーキをかけたり方向転換したりする必要があるのです。
探査機の運動をコントロールするのにジェットエンジンを使った場合、大量の燃料が必要になります。現在では多くの探査機がスイングバイという方法を使って加速・減速や方向転換を行っています。スイングバイとは惑星の重力を利用して探査機の運動をコントロールする技術です。
ベピ・コロンボ ミッションでは水星周回軌道に入るまでに計9回もの惑星スイングバイを行います。これは史上最多記録です。
水星は「水の星」と書きますが、その名の通り水がある星なのでしょうか?
水星の見た目はクレータが多く、月に似ています。地球のような海は見当たらず、明らかに液体の水はなさそうです。
水星には大気がほとんどないので、対流によって熱の伝搬がなく表面温度の差が極端です。そのため前述したように太陽の光が直接当たる昼間は400℃以上になるのに対して、夜には-200℃まで冷え込みます。かなり厳しい環境です。
にもかかわらず、水星には水の氷があるのではないかと言われていました。
水星は公転面に対して自転軸がほぼ垂直になっているので、北極や南極のクレータのくぼみには、永久に太陽光が当たらないところがあると考えられるのです。これは永久影と呼ばれずっと-200℃の夜の世界です。だとするとそこに氷の水があってもおかしくありません。
実際に、探査機メッセンジャーによって、水星のクレータの永久影が確認されました。さらにその場所を詳しく調査したところ、H2Oの氷の存在を示す数々の証拠が得られたのです。具体的には、赤外レーザーの反射率が高い場所があり、その場所に水素が存在すること、常に-170℃以下になっていることなどから氷があることが分かりました。
それでは、その水はどこから来たのでしょうか?
1つの説として、彗星などの氷を含む天体が水星に衝突したときに水がもたらされたと考えることができます。また、水星に吹き付ける太陽風の水素原子と水星の岩石由来の酸素原子が反応して水ができたのかもしれないと考えられています。
ヘビーメタルは日本語でいうと「重金属」です。一般に重金属とは鉄より重い(原子番号が大きい)金属元素のことをいいます。
太陽系の惑星はガス惑星と岩石惑星に分類することができ、水星は岩石惑星に分類されます。しかしながら、水星については、岩石惑星というよりも金属惑星と表現する方が的確かもしれません。
水星はその体積の61%以上が鉄とニッケルなどの金属元素でできていると推測されています。
なぜそんなことがわかるのでしょうか?
惑星の内部構造を調べる手がかりとなるのは、その惑星の密度です。密度は質量と体積から計算できます。
水星の質量はその近くを通った探査機の軌道変動や金星の軌道が水星によって乱される度合いを計測することで推定することができます。そのようにして求めた水星の質量は3.301 ×1023kgです。これは地球の質量の6%に相当します。
水星の半径はマリナー10号の計測で2439kmと求められています。したがって、水星の平均密度は5.43 g/cm³と計算できます。地球の平均密度は5.51 g/cm³なので、平均密度は地球とほぼ同じです。
しかし、地球の場合は質量が水星の20倍近くあるので、中心での圧力は360万気圧にもなり物質は通常の状態ではなく押しつぶされた状態になっています。それに対して水星中心部の圧力は25万気圧から40万気圧で物質はほとんど圧縮されていません。
地球の物質の圧縮を解いて全てを1気圧下の状態に換算すると密度は4.1 g/cm³程度になります。水星について同様に換算しても5.3 g/cm³と補正前とほとんど変わりません。
下記のグラフは地球型惑星の半径と密度の関係です。この図からも水星が高密度であることが分かります。
以上のことから、水星は地球よりも重い物質でできていることは明らかです。しかし、水星の表面は月のような岩石質の物質でおおわれているので、内部に重い物質があると考えられます。
宇宙にたくさんある金属といえば、鉄やニッケルが挙げられます。実際に地球の核も鉄やニッケルが主成分です。したがって、水星の内部の大部分が鉄やニッケルでできていると予想されます。
他の岩石惑星(地球型惑星)と比べると突出して金属成分が多い水星はどのようにできたのでしょうか?
これを説明するのに、2つの原始惑星が衝突したというシナリオが提唱されています。2つの惑星はいずれも鉄・ニッケルの核と岩石のマントルを持っていてその割合は地球と同程度でした。
それぞれの金属部分は粘り強い性質があるため衝突によって合体し、一方で岩石部分は粉々に吹き飛んでしまいました。その結果金属が大部分を占める水星ができたと考えられます。
これ以外の仮説としては、水星が形成された時点では太陽活動が不安定で高温の太陽風によって水星の岩石部分が融けて蒸発したという蒸発説などがあります。
水星にも磁場があります。
地球の中心にあるコアは、個体の内核と液状の外核に分かれていて、この液状の外核の流れが地球磁場を作っていると考えられています。
そしてこれは水星にも当てはまると考えられます。
水星の内部には液体の鉄でできた外核があると推測されていて、液体の鉄が対流することによって電流が生じその結果として磁場が発生すると予想されているのです。
しかし、水星はサイズが小さいため、すぐに冷えてしまいます。外核の液体の鉄が冷えて固体になると磁場は作られなくなります。
それにもかかわらず、1975年にマリナー10号の観測で水星の磁場が観測されました。そして地上からの電波エコーの観測によって中心の核が液状であることが確かめられています。
なぜ、水星の核の鉄は完全に固まっていないのでしょうか?
それは、硫黄などの不純物が融点を下げる働きをしているからだと考えられています。それでも大部分は固体の鉄が占めていると推測されるため、冷えやすい水星の薄い外核の層がどのようなメカニズムで磁場を作り出しているのかという点は謎となっています。
これらの謎を解くべく、メッセンジャーによる観測やベピ・コロンボ ミッションが推進されています。
月への有人着陸を果たした人類は、次は火星を目指しています。いずれは水星にも進出するのでしょうか?
結論から言ってしまうと住めません。
まず大きな難点として水星の気温の問題があります。水星は太陽に最も近い惑星のため、昼間の表面温度は400℃で夜は-200℃になります。人間はここまで大幅な温度変化に耐えられないでしょうし、そもそもこれは人間が生存できる温度の範囲を超えています。
また大気がほとんどないため、太陽からの有害な放射線をブロックすることができません。磁場によって荷電粒子は防げてもX線や紫外線などは遮蔽することができません。
北極の永久影の中に基地を建設して、空気を生成することができればそこに拠点を築くことは可能かもしれません。
水があるので資源として有効に活用できます。飲み水としても使えますし、電気分解して酸素や水素を取り出すこともできます。酸素は生命維持に必要です。水素は燃料として使えるでしょう。
とはいえ生物の生存においては、非常に厳しい環境であることに違いありません。
1日の方が1年より長い不思議な惑星「水星」。それはどんな時間感覚なんでしょうか? それは水星に住んでみないと分からないかもしれません。
SF的な妄想を膨らませるなら、遠い未来には水星極点の永久影に、南極基地のような研究目的の厳しい環境の拠点が作られるかもしれません。
水星は地球と同じように磁場をもつ惑星なので、水星の磁場の構造を解明することができれば惑星磁場の理解が大きく進むでしょう。太陽についても多くのことが分かるかもしれません。
宇宙の広大さに比べれば、水星は非常に地球の近くにある惑星ですが、地球より内側の軌道を回っていることや、太陽に近いなどの点から、非常に観測が難しく実際は非常に謎の多い惑星です。
水星についてはまだまだ分からないことだらけですが、今後の研究に期待しましょう。
参考文献
惑星のきほん
https://www.amazon.co.jp/dp/4416617496
惑星科学入門
https://www.amazon.co.jp/dp/406159222X
元論文
The Role of Giant Impacts in Planet Formation
https://arxiv.org/ftp/arxiv/papers/2312/2312.15018.pdf
ライター
浅山かつのり: 屋号:創造情報研究所。大学で物理学を専攻し、課外活動では天文研究会の会長を務めました。現在はITエンジニアとして働きながら、サイエンスライターとしても活動しています。歴史にも興味があり、史跡めぐりや歴史関係の本を読むのも好きです。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。