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この物語のテーマのように、音信不通のまま会えずにいる期間は愛情にとって大きな試練となります。
愛はどのように維持され、なぜ失われるのか?
これらの疑問に対する答えが、意外なところから明らかになりつつあります。
米国のコロラド大学(CU)で行われた研究によって、相手に愛を感じているとき、そして音信不通によって愛が失わせるとき、脳内で何が起こるかがプレーリーハタネズミを用いた実験で明らかにされました。
「愛」の維持と喪失の仕組みが起こるメカニズムがここまで詳細に解明されたのは今回の研究が初めてとなります。
研究内容の詳細は2024年1月12日に『Current Biology』にて掲載されました。
目次
愛する人の帰りを待ち続けるとき、脳はどのような反応をするのか?
そして待ちきれなくなって愛が失われるとき、何が変わってしまうのか?
人間や動物の感情を科学的に解明しようとする試みは、古くから存在していました。
しかし人間の愛の仕組みを解明するにあたり、使用できる実験動物は限られていました。
愛する恋人、長年の伴侶、あるいは推しやガチ恋勢など、私たち人間は限られた個人に特別な愛情を傾ける動物です。
しかし哺乳類では乱交制が主流であり、一夫一妻制をとる動物は3~5%ほど。
かなりの少数派です。
それは生物学的に一夫一妻制を採用しない方が利点が非常に多いため、この状態を崩壊させる圧力が強いためです。
(※より多くのメスと交わった方がオスは多くの子孫を残せますし、より多くの押すと交わった方がメスは子供の遺伝子をより多様にできます)
実際、私たちに最も近いチンパンジーや実験用のラットも一夫一妻ではなく乱交制となっています。
乱交制の動物にも生殖を遂行するため特定のパートナーとの関係を深める衝動は存在しますが、人間のように長期感に渡り関係を持続する愛情とは異なるものです。
一夫一妻制にみられる愛情は乱交制に移行しようとする圧力に対抗するために存在しており、浮気を抑制して家族の維持を可能にします。
(※資源の観点からすると一夫一妻制はメスに資源を集中して繫栄する戦略と考えられます。集団内部のメスを一匹のオスがただ独占するのではなく、カップルになったメスに相手となるオスが個々に食べ物や保護などを提供します。なおヒトに見られる「推し活」は夫婦愛とは異なりますが、限られた対象に資源(お金など)を提供しようとする心理が働いている点で似た作用があると考えられます)
しかしこれまでの研究では「雑多な交尾相手ではなく、限られた相手とずっと一緒にいたい」という思いが脳のどんなメカニズムによって生成されているかは謎でした。
そこで今回、コロラド大学の研究者たちは、人間と同じく(不完全ながらも)一夫一妻制を形成することが知られているプレーリーハタネズミ(Microtus ochrogaster)の脳を調べて、一夫一妻的な持続する愛の出所を調べることにしました。
調査に当たっては脳の側坐核から放出されるドーパミンが着目されました。
この脳領域は広範な動物種に存在する最も一般的な報酬システムの1つであり、本能に忠実に行動することで活性化され、快楽というご褒美を与えてくれます。
「本能に忠実」というと乱交的なものをイメージしがちですが、ここでは違います。
もし一夫一妻的な愛もまた本能に組み込まれているならば、特定の相手に持続的な愛情を向けることもまた、報酬系を作動させドーパミンのご褒美を発生させてくれるはずです。
そのため研究者たちはカップルを作っているプレーリーハタネズミの脳に遺伝子組み換えを行い、ドーパミンの放出が起こると脳細胞が光を発するように操作しました。
また頭蓋骨に穴をあけて、発せられる光を検知するための光ファイバーを差し込みました。
準備が整うと、研究者たちはカップルたちを引き離し、その後再開させてみました。
するとプレーリーハタネズミの脳の報酬系から大量のドーパミンが放出され、再開したことに喜びを提供していることが判明します。
一方、見知らぬ相手と出会っても、このようなドーパミンの放出はみられませんでした。
この結果は、ドーパミンの放出が特定の相手との再会のみに紐づいた現象であることを示しており、側坐核が愛の源泉となって、離れ離れという逆境をカップルの絆が乗り越えたことを示しています。
研究者たちは人間の脳にも同じような仕組みが存在している可能性は高いと述べています。
次に研究者たちは、愛について知られる別の側面について調べてみました。
愛は障害で燃え上がるのか?
この疑問を確かめるため研究者たちは、離れ離れにしたカップルを再開させるときに、物理的な柵で遮ったり、レバーを押さないと透明なドアが開かないような仕組みを構築しました。
人間にとっては何気ない障害ですが、マウスが突破するには繰り返しの学習を必要とする、かなり困難な課題です。
しかし障害の向こうに愛する相手がいることに気付くと、プレーリーハタネズミたちは必至で柵を乗り越え、レバーを押すようになりました。
またこのときの脳内のドーパミンを調べると、障害を乗り越えようとしているときにも大量のドーパミンが放出されていることが判明します。
「頑張れば会えるかもしれない」という期待がドーパミンによって煽られ、プレーリーハタネズミたちは障害克服に挑むことに快楽(ある種のやりがい)を感じていたのです。
そして苦難を乗り越えて再開を果たすと、再び大量のドーパミンの放出が確認されました。
一方、見知らぬ相手に対してはそのような現象はみられませんでした。
この結果は、物語の文脈にも一致します。
多くの文化において「悪いドラゴンに攫われたお姫様を助けるナイト」のように、障害を克服して愛する人の元に向かう物語が語られています。
この文脈の物語が人気である背景には、ドーパミンの放出を促す仕組みが刺激されるからなのかもしれません。
しかし物語と違って現実の愛には残酷な側面も存在します。
ハッピーエンドのその後、つまり愛の終わりです。
物語と現実の一番の違いは、愛が永続しないことです。
脳内で愛が終わり、恋人が恋人でなくなるとき、脳ではどのような反応が起こるのでしょうか?
その答えは数多くの体験談にヒントがありました。
恋人でも配偶者でも推し活でも、長期間の離別はときに致命的となります。
遠距離恋愛や単身赴任、さらには忙しくてしばらく推しの情報と遮断されていた場合、感じていた愛情や執着が嘘のように消えてしまうことがあるからです。
もちろん変わらぬ愛情と情熱を保ち続けるケースもありますが、離別の期間が10年、20年と長くなれば、愛喪失の危険性は飛躍的に増化していきます。
そこで研究者たちはカップルとなっているプレーリーハタネズミを、彼らにとって十分長い期間となる4週間引き離しました。
プレーリーハタネズミはわずか1カ月で大人になり、野生環境での平均寿命は3カ月ほどしかありません。
そのためプレーリーハタネズミにとっての4週間(人間で言えば少なくとも10年以上)は、相手を諦めるのに十分な時間となり得ます。
すると4週間後にカップルが再開した場合には、脳からドーパミンが放出されなくなっていることが示されました。
一方、全く見知らぬ相手と比べると身を寄せ合う時間が長かったことから、相手のことを覚えているのは確かと判断されました。
この結果は、長期間の別れがプレーリーハタネズミから一夫一妻的な愛情だけを消し去ってしまったことを示しています。
研究者たちはこの「愛の喪失」を、ある種の脳のリセット機能のようなものだと述べています。
いつまでも同じ相手に一夫一妻的な愛情を感じていたのでは、新たなパートナーとの新生活を始めることができず、子孫も残せません。
(※私たち人間もかつては厳しい自然環境で、愛している相手と望まぬ別れを頻繁に強いられてきました)
愛を永遠にしない仕組みは悲しみと喪失感を乗り越える脳の防衛機能でもあるようです。
また失った愛について長期に渡り嘆く悲嘆障害では、脳のリセット機能に支障が出ている可能性があると述べています。
もし脳に働きかけることで愛の状態を操作できる薬があれば、薬を飲むことで戦地にいる配偶者への愛を維持したり、悲嘆障害に悩む多くの人々の心を癒す手段になるかもしれません。
参考文献
Science confirms it: Love leaves a mark on your brain
https://www.colorado.edu/today/2024/01/10/science-confirms-it-love-leaves-mark-your-brain
元論文
Nucleus accumbens dopamine release reflects the selective nature of pair bonds
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(23)01741-4#%20
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。