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そして2014年に土星探査機・カッシーニによって初めて、メタンの海に「魔法の島」が発見されました。
カッシーニは1997年10月に打ち上げられ、およそ35億キロの長旅を経て、2004年7月に土星軌道に入ります。
2017年9月の運用終了までに土星を計290回も周回し、さらにはタイタンを含む衛星の観測を行っていました。
カッシーニが記録したレーダー画像によると、タイタン北極にある「リゲイア海(Ligeia Mare)」にて、それまで何もなかったところに突然、島のような物体が浮き上がっていたという。
さらに奇妙なことに、この島の形状は数時間から数週間以上にわたって変化しており、数年後には姿を消していたのです。
これ以来、研究チームは「魔法の島」の正体が何であるかを解明しようと試みてきました。
研究主任で惑星科学者のユー・シンティン(Yu Xinting)氏が提唱するのは、島の正体がタイタイン上空から落ちてきた有機物質の固まりではないかという仮説です。
先ほど述べたように、タイタンには豊富な大気があり、その中には多様な有機分子が密集して浮かんでいます。
それらの有機分子は互いに集まって凍りつき、塊となってタイタン表面へと落下します。
その際にメタンの海にも落ちているはずです。
問題は、落下した有機物質がメタンの海に溶けてしまうのかどうかでした。
もし溶けてしまうなら、カッシーニの画像データに見られるように、ある程度の期間にわたって浮きっぱなしになることはありません。
この点を検証した結果、チームはメタンの海に落ちた有機物質の固まりは簡単には溶けないことを発見しました。
なぜならメタンの海はすでに有機粒子で飽和状態にあり、落下した有機物質の溶ける余地がなかったからです。
では、この有機物質の固まりは海に沈んでしまうのか、それとも浮きっぱなしになるのでしょうか?
画像データに従えば、しばらく形状を保ちながら徐々に姿を消していく「魔法の島」が可能となるには、すぐに沈んでもダメですし、延々と浮きっぱなしでもダメです。
これは明確な答えを見つけるのが難しい問題でした。
実際、タイタンに見られるメタンとエタンの海はどちらも表面張力が弱いため、固体が浮きにくい状態にあります。
ところがチームはその中で、一定期間は浮かび続けながら徐々に沈んでいくことが可能なモデルを一つだけ発見しました。
それはエメンタールチーズのように、表面に穴ぼこが空いている多孔質構造の有機物質です。
チームは有機物質の固まりが十分に大きく、穴ぼこの数やサイズも適切であれば、密度を低く保ちながらメタンの海に浮いていられることをシミュレーションで特定しました。
加えて、穴ぼこから液体メタンがゆっくりと浸透することで、徐々に重くなり、最終的には沈んでいきます。
シンティン氏は、メタンの海の岸辺に十分な量の有機物質が蓄積し、それが氷河のように割れて大きな固まりとして浮くことで、現れては消える「魔法の島」ができたのだろうと結論しました。
参考文献
The Mystery of Titan’s ‘Magic Islands’May Finally Be Solved
https://www.sciencealert.com/the-mystery-of-titans-magic-islands-may-finally-be-solved
TITAN’S “MAGIC ISLANDS” LIKELY HONEYCOMBED HYDROCARBON ICEBERGS
https://news.agu.org/press-release/titans-magic-islands-likely-honeycombed-hydrocarbon-icebergs/
元論文
The Fate of Simple Organics on Titan’s Surface: A Theoretical Perspective
https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2023GL106156
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。