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加えて、シロクマの毛のコアは、防水性や柔軟性、耐久性に優れた高密度の外殻に囲まれています。
チームはこのシロクマの毛の構造が「断熱性」と「伸縮性」に優れたエアロゲル繊維を作るのに最適だと考えました。
そこでチームは、エアロゲルを用いて多孔質のコア部分を作り、その周囲をゴムのような伸縮性のある柔らかいプラスチックである熱可塑性ポリウレタンでコーティングすることで、シロクマの毛と同じ構造の繊維を開発したのです。
そうしてできたのがこちらのエアロゲル繊維。
完成したエアロゲル繊維は高い断熱性を保ちながら、シロクマの毛と同じく伸縮性や柔軟性、耐久性や防水性に非常に優れていました。
通常のエアロゲルを引っ張ると、わずか2%のひずみ(※)でも持ちこたえることはできません。
(※ 材料を引っ張ったときに伸びた量を変形量といい、元の長さに対する変形量の割合を「ひずみ」という)
ところが新たに開発したエアロゲル繊維は、1000%のひずみで引っ張った後でも壊れることなく元の長さに戻ったのです。
実験では最大1600%のひずみに耐えることができ、100%ひずみで伸縮サイクルを1万回繰り返した後でも、ほとんど影響はありませんでした。
さらに水に浸しても、乾燥させても、染色しても形状や性能は維持できることが確認されています。
そしてチームはエアロゲル繊維を使ってセーターを編み、その断熱性能をコットンの長袖・ウールのセーター・羽毛のダウンジャケットと比較してみました。
実験ではボランティアに協力してもらい、ー20°Cまで冷やされた冷蔵室でそれぞれの衣類を着用し、4品目の表面温度を測定して保温性を評価。
その結果は実に驚くべきものでした。
シロクマを模倣したセーターは、ダウンジャケットの5分の1の厚さしかないにも関わらず、すべての衣類の中で最高の断熱性を発揮したのです。
シロクマセーターの表面温度は平均3.5℃、対してダウンジャケットは平均3.8℃でありダウンよりも内部の温度を保っている(表面に逃していない)ことが示されました。
また実験では他にウールのセーターとコットンの長袖も比較されていますが、これらはずっと断熱性が低く、表面温度はそれぞれ7.2°Cと10.8°Cでした。
これは体熱がかなり服の表面に逃げ出していることを意味します。
またシロクマセーターは洗濯機で洗っても断熱性が劣化せず、繰り返しの着用でも伸縮性や耐久性を維持していました。
以上の成果は、実際の動物の毛皮や羽毛を使わずに、まったく新しい極薄極暖の防寒着が開発できる可能性を示しています。
近い将来、薄くて温かい冬の防寒着にはシロクマセーターが一般的となるかもしれません。
参考文献
Polar bear fur-inspired sweater is thinner than a down jacket — and just as warm
https://www.nature.com/articles/d41586-023-04145-5
New sweaters use synthetic fibers mimicking polar bear fur
https://www.earth.com/news/new-sweaters-use-synthetic-fibers-mimicking-polar-bear-fur/
元論文
Biomimetic, knittable aerogel fiber for thermal insulation textile
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adj8013
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。