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ノロウイルスに似た症状を引き起こすロタウイルスにはワクチンがありますが、ノロウイルスにはまだワクチンがありません。
さらに、インフルエンザのように発症した後に有効な抗ウイルス薬(タミフル、リレンザなど)もないため、かかっても対処療法しかできないのが現状です。
ノロウイルスはもともと様々な型を持つ多様なウイルスである上、定期的に新しい変異体が生まれます。
このため、治療薬やワクチンを作るためにはあらゆるノロウイルスに効果がある抗体を作る必要がありますが、これまで有効な手だてはありませんでした。
しかし、ベイラー医科大学のヴィルヘルム・サルメン氏らの研究グループはラクダ科の動物であるラマの抗体があらゆるノロウイルスを無力化できることを明らかにしました。
ラマ、ラクダ、アルパカなどラクダ科の動物は人間が持っていない小さく単純な構造の抗体を持っています。
これらの抗体は、大きさが小さいため微生物を用いて生産可能で、構造が単純なので機能改変が容易で、改変したあとの抗体の安定性も非常に高いことが特徴です。
これらの抗体は「ナノボディ」と呼ばれ、B型肝炎、インフルエンザ、ヒト免疫不全、ポリオなどの病気にはナノボディを使って様々な抗体医薬品がすでに開発されています。
そこで、研究グループはラマにノロウイルスを接種することで、ノロウイルスを無力化するM4ナノボディを作成しました。
この効果を検証すべくヒト幹細胞から作るミニチュアの腸上で確認した結果、ノロウイルスを無力化し、発症を抑えることができたのです。
しかもこのM4ナノボディを作る際に接種したのは最近流行している GII.4 株のみだったにもかかわらず、それより古い変異株も無力化することができたのです。
研究者たちは単一のノロウイルスから生まれたM4ナノボディが様々なノロウイルスを無力化できる仕組みを調査するため、ノロウイルスとM4ナノボディの動きを観察することにしました。
従来、ウイルスは常にぎゅっと収縮して安定しているものと考えられてきたが実際にノロウイルスを観察するとまるで「呼吸」するように収縮と隆起を繰り返していることがわかりました。
隆起するとノロウイルス粒子の「隙間」が生じ、その「隙間」にM4ナノボディが入り込んでいたのです。
隙間にM4ナノボディがはさまると、ノロウイルス粒子は不安定になり最終的には分解されました。
この呼吸のような収縮と隆起は、どの型のノロウイルスでも見られます。
通常の抗体はウイルスの一部と結合することで機能するため、ウイルスが変異したり異なる型だったりすると機能しなくなってしまいますが、M4ナノボディはウイルスの隙間に入り込むという独自のアプローチをとることで、型によらずノロウイルスを分解できたのです。
ウイルスは細胞に寄生することではじめて分解できますが、今回の実験で、ノロウイルス粒子を観察した結果、ノロウイルスが細胞に寄生する際には隆起の状態が必要であることがわかりました。
今回の研究はナノボディの有用性だけでなく、治療法を確立するためにはウイルスの3次元的な構造と、動きの解析も必要であることを示しています。
今後はナノボディを活用しつつウイルス粒子の力学的挙動を考慮することで、新たな抗体治療薬が生まれるかもしれません。
参考文献
Llama power: can tiny llama nanobodies improve norovirus anti-viral therapies?
https://blogs.bcm.edu/2023/11/14/from-the-labs-llama-power-can-tiny-llama-nanobodies-improve-norovirus-anti-viral-therapies/
元論文
A single nanobody neutralizes multiple epochally evolving human noroviruses by modulating capsid plasticity
https://www.nature.com/articles/s41467-023-42146-0
ライター
いわさきはるか: 生き物大好きな理系ライター。文鳥、ウズラ、熱帯魚などたくさんの生き物に囲まれて幼少期を過ごし、大学時代はウサギを飼育。大学院までごはんの研究をしていた食いしん坊です。3人の子供と猫に囲まれながら、生き物・教育・料理などについて執筆中。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。