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鳥類のオスは、繁殖期にメスを引き付けるために複雑で美しい歌を歌います。
歌はメスに対するオスの健康状態や遺伝的適合性を示す手段として機能し、メスが繁殖パートナーを選ぶ際の重要な要素です。
また一部の鳥類の種では、オスの歌の複雑さや品質が社会的地位の確立に影響を与えることがあります。
歌を通じてオスは、群れ内での自分の地位や繁殖の機会を高めることができます。
つまり歌能力はオスのモテ度に直結するわけです。
しかし美しい歌声を響かせるには、それ相応の脳機能が必要となります。
そこで一部の鳥たちは、繁殖期になると歌能力にかかわる脳領域(HCV)のニューロン数を増加させるようになりました。
ニューロンは脳の基本的な構成単位で、情報の処理と伝達を行いっており、一般にニューロンの数が多いほど高度な情報処理が可能になると考えられています。
そのため一部のオス鳥たちは進化の末に「脳増強」というチートまがいの能力を身に着けて、繁殖競争を勝ち抜いていたのです。
しかし北アメリカに生息するミヤマシトド「Zonotrichia leucophrys gambelii」として知られる小鳥のオスは、脳増強のレベルが常軌を逸するレベルに達していました。
この小さな鳴き鳥は繁殖期になると歌う能力を担う脳領域(HVC)のニューロンを10万個から17万個へと、ほぼ2倍に増化させ、サイズそのものも2倍に増量さるのです。
さらに繁殖期が終わると、増加したニューロンは死滅して脳領域が元の大きさに戻ります。
これまで鳥の脳強化についてさまざまな研究が行われてきましたが、ミヤマシトドほど脳機能(HCV)を劇的に変化させる種はほとんど存在しません。
通常、ここまでの規模でニューロンの増殖や現象が哺乳類で起きた場合、頭蓋骨内の圧力を上昇させたり、炎症が起こってしまいます。
しかし不思議なことに、ミヤマシトドにおいてはそのような悪影響は起きていないようです。
いったい小鳥たちはどのような仕組みで、脳領域の大規模な増加を起こしていたのでしょうかのでしょうか?
なぜミヤマシトド(Zonotrichia leucophrys gambelii)たちは、脳内で急速にニューロンを増減させられるのか?
答えを得るために研究者たちは、ミヤマシトドたちの繁殖期前後の脳を調べることにしました。
調査にあたってはまず、オスの歌能力にかかわる脳領域「HVC」の遺伝子に標識を行い、細胞の増減を視覚的に観測できるようにしました。
次にオスたちにホルモンを注射し、強制的に繁殖期に移行させる仕組みを構築しました。
そして繁殖期前後にあるオスたちの脳を摘出し、脳内でどのような変化が起きていたかを調査しました。
すると、繁殖期の終わりにさしかかると歌能力にかかわる脳領域「HVC」近くで幹細胞が分裂しはじめ、ニューロンに栄養などを与えてサポートを行うアストロサイトに成長しはじめていることが観察されました。
また標識された幹細胞たちはHVCだけでなく、記憶と学習に関与する脳領域「海馬」の間にも存在しており、新しいニューロンを作っていました。
これは繁殖期の前にあたる移動時期(渡りの時期)において、ナビゲーションに関与する脳の性能を増強させるためであると考えられています。
そのため研究者たちは、鳥たちはさまざまな時期に最も要求される能力に応じて、対応する脳領域を強化する戦略をとっているのだろうと述べています。
一方、繁殖期が終わる時期になると、歌能力に関わる脳領域「HVC」では余分なニューロンの死滅が起こり、またニューロンをサポートするために一緒に増殖したアストロサイトも死滅していきました。
ですがその後、HVCの外側にある幹細胞が再びアストロサイトに変化して、不足分を補って脳を繁殖期前の状態に戻していました。
多くの人は「わざわざ時期に応じて脳領域を強化するより、最初から大きな脳を維持していたほうがいいのでは?」と思うかもしれません。
しかし時期に応じて鳥たちに要求される能力は極めて膨大な種類に及んでおり、その全てに常に対応できる脳を持とうとすれば、必然的に脳の巨大化を起こしてしまいます。
脳の維持には莫大なエネルギーが必要であり、人間の場合は全体重の2%に過ぎない脳に、1日の摂取エネルギーの10~20%費やしています。
また巨大な脳は鳥たちの飛行能力に悪影響を与えます。
そのため小さな鳥たちは常に巨大な脳を維持するよりも、必要な時期に必要とされる能力に関連した脳領域を増加させる能力を獲得したのだと考えられます。
(※似た例として、環境によって脳容積を増減させる現象は、魚などでも報告されています。)
ただ脳細胞を喪失することは、小鳥のオスたちにとって少なくない影響を及ぼしているようです。
これまでの研究によって、繁殖期を終えたオスがニューロンを失い始めると、歌う意欲も徐々に失われていくからです。
研究者たちは、これは一種のうつ症状に相当すると考えられており、オスたちがこの状態からどのようにして抜け出し、通常の状態に戻っていくのかを理解できれば、うつ病の治療に役立つと述べています。
人間の世界でも作詞、作曲、絵画、スポーツ、歌などの分野において、意欲を失い活動をやめてしまう人たちがいます。
歌に関する脳領域を増減させる鳥たちが、いかにしてその能力の獲得や喪失を調整しているか理解できれば、特定の能力にかかわる意欲を回復する薬を作るなど、意欲を失った人々を救う手立てになるかもしれません。
元論文
Seasonal plasticity of astrocytes in the avian song control circuit
https://www.abstractsonline.com/pp8/#!/10892/presentation/37027
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。