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2021年6月、46歳の高圧線作業員のアーロン・ジェームス氏は、仕事中に致命的な重傷を負いました。
誤って活線が顔に当たってしまい、7200ボルトの電気ショックを受けてしまったのです。
彼は奇跡的に一命を取り留めましたが、左目、左頬、鼻、唇、前歯、顎、そして左腕(利き腕)を失ってしまいました。
すぐに複数回の手術が行われましたが、それらの部位(皮膚と骨)は溶けたように無くなっており、元に戻ることはありませんでした。
左目に関しては、当初眼球は残っていましたが、激しい痛みがジェームス氏を悩ませたため、テキサス州の外科医によって摘出せざるを得なかったようです。
それでも外科医は、将来の移植の可能性に向けた手術を行いました。
できるだけ視神経を長く残すために、眼球付近で視神経を切断したのです。
顔面の大部分を失ったジェームス氏は、見た目が大きく変わりました。
(※移植手術前のジェームス氏の状態は少しショッキングなため、こちらのリンクに掲載しています:画像)
また左の視力を失い、固形食を口に含み、匂いを感じ、味わうことができなくなりました。
絶望にとらわれてもおかしくない状況でしたが、それでもジェームス氏は前向きな姿勢を崩しませんでした。
医師ロドリゲス氏ら医療チームと共に、移植手術に向けて意欲的に取り組んでいったのです。
その積極性の高さは、ロドリゲス氏が「彼は非常に意欲的に取り組んでいます。これ以上、完璧な患者を求めることはできません」と驚くほどでした。
そして多くの準備と計画の後、2023年2月に、ジェームス氏は全米臓器配分ネットワーク(UNOS)のレシピエント(移植を受ける人)のリストに掲載されました。
それからわずか3カ月後の2023年5月、理想的なドナー(臓器・組織を提供する人)が見つかりました。
ドナーは30代の男性であり、生前臓器提供に同意していました。彼の家族もその意志を尊重して、惜しみなく彼の身体の組織を寄付してくれたのです。
(このドナーは他にも腎臓、肝臓、膵臓を3人のレシピエントに提供しており、3名の命を救っている)
これによって、このドナーの眼球と顔面の皮膚や骨が、ジェームス氏に移植されることになりました。
目の中央にある円形の組織「角膜」だけの移植は、比較的一般的になってきており、アメリカでは毎年数千件も実施されています。
ただし、眼球全てを移植する「眼球(全眼)移植」は、視神経の複雑さ、神経の再生、免疫による拒絶反応、網膜への血流の回復など、様々な要素が絡み合っており、成功は稀です。
人間の目は、中枢神経系の一部である視神経を介して脳と複雑に接続されており、視覚情報を脳に伝達しています。
これらを正しく再接続することは、視力を取り戻すための眼球移植の基本ですが、最大の課題でもあります。
こうした課題に取り組むため、今回、ロドリゲス氏らNYU Langone Healthのチームは、ドナーの眼球とドナーの骨髄由来の成体幹細胞(発生や損傷組織の再生において新しい細胞を供給する役割を持つ)を結び合わせることにしました。
移植された成体幹細胞は、何度も分裂して視神経の再生を助ける可能性があります。
医療チームは、「これは、移植中にヒトの視神経に成体幹細胞を注入するという、初めての試みです」とコメントしています。
そして眼球の移植手術中、計画の通りに、ドナーの骨髄から成体幹細胞が取り出され、レピシエント(ジェームス氏)の視神経接続部に注入されました。
眼球移植の手術は無事成功しましたが、今後どのような処置が必要か判断するには、時間と観察が必要なようです。
(※続くページで顔の部分移植について解説します。再現CGではありますが、ショッキングな映像も含まれるため、ご注意ください)
顔の部分移植も大規模な手術でした。
まずドナーの必要な部位を段階的にカットしていきます。
これには皮膚と、その下にある筋肉、血管、神経を含むすべての組織、そして骨が含まれます。
次に、レピシエントの同じ部位をカットし取り除きました。
そして取り除いた部位をドナーの組織で埋めるように、段階的に移植し、結合させていきます。
顔の骨は正確な位置でネジとプレートによって固定され、神経や血管も繋ぎ合わされました。
最後にドナーの皮膚とレピシエントの皮膚が縫い合わされます。
2023年5月27日、140人以上のスタッフによって行われたこれらの移植手術は、約21時間続き、無事成功しました。
では、手術後のジェームス氏は、どのような状態なのでしょうか。
彼が集中治療室で過ごしたのはわずか17日間でした。
(顔面移植を受けた患者の中で、最も回復が早い部類に入るようです)
そしてジェームス氏は7月6日に退院し、病院近くのアパートから通いつつ、外来リハビリを続けました。
彼は2021年の事故以来失っていた「固形食品を食べること」「味や匂いを楽しむこと」を取り戻し、そのことを強く感謝しているようです。
さらに9月14日には、愛する妻や娘と共に、アーカンソー州の自宅に戻ることもできました。
移植された左目に関しては、未だ視力は戻っていません。
ただし、顕著な回復の兆しが表れています。
手術後の5カ月で網膜への血流の回復と角膜の生存が確認されており、これは医師たちの予想をはるかに超える結果のようです。
今後も左目の経過観察は続けられ、視力回復に向けてどのような追加処置が行えるか検討されていきます。
ジェームス氏の顔面とその機能は、移植によって驚くほど回復しました。
移植前の彼の状態と比較すると、失われた鼻や唇が戻り見違えるように顔面が再生されていることがわかります。
今の彼には「高圧線作業員の安全管理者として仕事に戻る」という選択肢すらあるようです。
大きな事故と大規模な移植手術を経験したジェームス氏は、今の気持ちを次のように述べています。
「私に人生の二度目のチャンスを与えてくれたドナーとその家族に、言葉では言い表せないほど感謝しています。
また、私の人生を変えてくれたロドリゲス氏と彼のチームに永遠に感謝します。
私に起きた一連の出来事の報告が、顔や目に重傷を負っている人々への励みになることを願っています」
参考文献
NYU Langone Health Performs World’s First Whole-Eye &Partial-Face Transplant
https://nyulangone.org/news/nyu-langone-health-performs-worlds-first-whole-eye-partial-face-transplant
World-first whole-eye and partial-face transplant deemed a success
https://newatlas.com/medical/world-first-whole-eye-and-partial-face-transplant/