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この文字板は木で作られた練習用のボードであり、一度書かれた文字を白い塗料で塗りつぶして再利用できるようにしていました。
画像の左端に黒く薄汚れた部分が見えると思いますが、これは白塗料で消されなかった箇所です。
古代エジプトの産業や官僚制では、筆記による広範なやり取りがなされていました。
そのため、有望な若者たちは幼い頃から書記官としての訓練を受け、国の書簡や納税申告書などの適切な書き方を叩き込まれたのです。
上の文字板もその訓練の一つであり、間違っている箇所はその都度、先生により赤インクで添削されていました。
古代エジプトの文字といえば、ヒエログリフが最も有名ですが、この文字板で練習されているのはヒエログリフではありません。
ヒエログリフは動物やシンボルをかたどって描かれた象形文字であり、主に墳墓や石碑、「死者の書」などに用いられました。
しかしヒエログリフの筆記は使用や習得に時間がかかり、膨大な書類のやり取りをする産業や官僚の仕事には向いていませんでした。
そこで紀元前3000年頃に、ヒエログリフをより書きやすい筆記体にした「ヒエラティック」という文字が発明されます。
ヒエログリフが神聖な文書に使われたのに対し、ヒエラティックは行政文書などで常用される便利な文字となりました。
先の文字板に書かれているのもヒエラティックであり、見習い書記官たちはこの文字をメインに練習していたのです。
こちらは両者の文字を比較した図解で、点線の入っている側がヒエログリフ、その隣の点線のないものがヒエラティックになります。
これを見ると、ヒエラティックはヒエログリフの点線部分を省略した文字であることが分かるでしょう。
日本語の漢字(象形文字)が簡略化されて、ひらがなが生まれたのと似た印象を受けますね。
では、赤ペン先生のチェックが入った文字板には、どんな内容が書かれていたのでしょうか?
この文字板で筆記練習をしていた生徒については、古代エジプトのテキスト解釈を専門として故ウィリアム・ヘイズ (William Hayes)氏により解読されています。
氏によると、生徒の名前は「イニス(Iny-su)」という若者で、ここでは自分の兄である「ペイニス(Peh-ny-su)」を仮想の宛名として使い、裕福な権力者になりきって手紙の内容を書いているという。
ヘイズ氏いわく、イニスは非常に堅苦しく、丁重な言葉使いをしており、神聖な樹皮の運搬に関する船荷について書いていたといいます。
このように丁重な言葉使いで手紙を書く技術は、産業分野や国の書記官にとって必須のスキルでした。
また赤ペン先生の方も、生徒を一人前の書記官に育てるために厳しい添削をしていたのでしょう。
しかし、これほど大昔から先生によるチェックに「赤いインク」が使われていたことは非常に興味深い点です。
ただ血と同じ赤色は、古代人にも共通して危険や警戒心を引き起こす色だったと考えられます。
そのため、生徒の注意を引き、強く印象に留める方法として「赤いインク」が最も有効だったのかもしれません。
参考文献
4,000-Year-Old Tablet Shows Teachers Have Reached For The Red Pen For Centuries https://www.iflscience.com/4000-year-old-tablet-shows-teachers-have-reached-for-the-red-pen-for-centuries-70982 4,000-Year-Old Ancient Egyptian Writing Board Shows Student’s Spelling Mistakes https://mymodernmet.com/ancient-egyptian-students-writing-board/