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食品や料理を大量に食べる「大食い」は、古くからイベントやショー、競技として注目を集めてきました。
岩手県に伝わる「わんこそば」などはその代表的な例でしょう。
そしてメディアやインターネットが発達すると、大食いや早食いを個人が配信できるようになりました。
近年では、動画配信サービスなどを通して、「大食い動画」が増加しており、YouTubeでは1億回再生を超える動画も複数存在しています。
こうした動画はモッパン動画とも呼ばれており、今回の研究論文でもこうした動画はモッパン動画と表記されています。
モッパン(またはモクバン)とは、韓国語の「モクダ(食べる)」と「バンソン(放送)」を合わせた造語であり、文字通り「食べる放送」を指します。
特に2010年ごろから韓国で話題になり、現在は世界中のYouTuberがモッパンを配信するようになっています。
このモッパン動画には様々なスタイルがあり、咀嚼音や食材の音を強調した「ASMR形式」や、大量の食品や料理を食べつくす「大食い形式」、視聴者に話しかけながら食べる「ストーリー・対話形式」などがあります。
このようなモッパン動画は、音を立てて食べたり大量の食材を無理して消費することから、「下品」「マナーに反する」と感じる人も少なくないようです。
一方、モッパン動画を好んで視聴する人も多く、人気動画の膨大な再生回数がその事実を裏付けています。
「自分も好きで、よく視聴している」という人もいることでしょう。
では、どうして大食い・モッパン動画は、これほどまでに好まれるのでしょうか?
そこで今回の研究は大食い動画に惹かれる人たちの心理的な特徴と、大食い動画を見ることの心理的な効果について分析を行ったのです。
心理学者のキルカブルン氏ら研究チームは、モッパンに関する11件の学術文献と20件のイギリス全国紙を調査・分析することで、モッパン動画を好むいくつかの理由を発見しました。
1つ目の大きな理由は、「自分の代わりに食べてくれる」という代理食事としての利用です。
ダイエットなどで自分が食べたくても食べられない場合、モッパン動画を見ることでいくらかスッキリすることがあります。
こうした代理的な満足感はゲームの効果としてよく語られるもので、ゲームは現実では達成できない行為を代理的に満足させてくれる点に大きな魅力があります。
現実では絶対ケンカで勝てない人が、格ゲーにハマったりするのはこうした現実で不可能な行為に対する代理的満足感に由来すると言われます。
また、大食いの動画を見ることで実際に食欲が満たされるという効果もあるようです。
実際、モッパン動画で他の人がピザなどを食べる様子を見ることで、それを食べたいという欲求が大幅に低減することが報告されています。
またモッパン動画の視聴は、社会で経験するストレスや、自分が太り過ぎているという罪悪感から現実逃避するのにも役立つようです。
現実ではなかな実行できない食べ方を見ることが現実逃避として機能したり、また食事のマナーなどを無視した食べ方が社会的なストレスの軽減に役立つ可能性があるのです。
他に特殊な理由として、性的な目的での利用があげられています。
これにはセクシーな格好で食事する女性配信者なども含まれている可能性がありますが、男性の大食い動画に対しても性的満足を感じている人が一定数いることが報告されています。
大食い動画が性的な目的を満たす理由の1つは、食欲に対する満足感と性的な満足感を混同して快楽を感じている人たちがいるというものです。
また、世の中のフェチの1つに、好きな人に食事をさせて肥えさせることに性的興奮を感じるフィーダーと呼ばれる人たちの分類があり、こうした人々は自身の性的な興奮のために大食い動画を楽しんでいると考えられます。
その他の理由としては、大食い動画に限らずオンライン上の動画コンテンツ全般に言えるものですが、エンターテインメントとして脳内を刺激する点です。
モッパンを見ている多くの人は、食べる光景や音を「楽しい」と感じています。
大食い動画などでは、チャレンジ的な要素も強く、配信者が豪快に食べている様子や難しい課題に取り組む姿勢が、視聴者を刺激しワクワクさせます。
また食材が焼ける音、まぜる音、咀嚼音、すする音が強調されたASMR形式では、他のASMRと同様、聴覚が刺激され、「脳がゾワゾワする」「心地よい」といった独特の感覚が得られます。
こうした感覚は、脳内物質「エンドルフィン」の作用によってもたらされると考えられています。
エンドルフィンは安全で信頼できる刺激を受けたり、癒しを感じたりした時に分泌される脳内ホルモンであり、幸福感を高めてくれます。
またエンドルフィンは、快感を与えモチベーションを高める「ドーパミン」や、ストレスを軽減する「オキシトシン」の分泌を促すとも考えられています。
食事の音はミソフォニア(音嫌悪症)の人にとっては不快以外の何物でもありませんが、人によっては心地よい音として認識されるようです。
エンターテインメント性の高いモッパンの視覚刺激やASMRのような聴覚刺激が、視聴者の脳内物質を分泌させ、心地よくさせていたのです。
さらにモッパン配信は、視聴者の社会的ニーズを満たすのにも役立つのだとか。
特に一人暮らししている人は、誰かと一緒に食事を楽しむ機会を必要としています。
モッパン配信に合わせて食事を準備するなら、共に食卓を囲む幸せを感じることができるというのです。
もともと韓国では「食事は誰かと食べるもの」という文化があり、「誰かと一緒に食べたい」という強い思いが、韓国でモッパンを広めたと考えられています。
また、大食い動画に限ったことではありませんが、オンライン動画は共通の目的をもって視聴されることが多いため、配信者と視聴者、また視聴者同士で一種の社会的コミュニティとして機能する場合が多く、社会的な孤立感を和らげる効果があると指摘されています。
今回は、大食いやモッパン動画を見る人の心理について考察してきました。
大食いの動画の良さが良くわからない、なんであんな再生回数が回るんだ? と感じている人も多いかもしれませんが、こうして心理学的な分析を見ると大食い動画は、非常に幅広いニーズに対応したコンテンツであることが伺えます。
これらは現代の社会の流れに沿った現象であり、そうしたニーズとの合致が、モッパンの膨大な再生回数に繋がっていると考えられます。
これまで関心が無くとも、「一度見たら意外にもハマってしまった」という人が今後も増えていくのかもしれません。
人気コンテンツには、相応の理由があるようです。
参考文献
What Is The Psychology Of Mukbang Watching? https://www.scienceabc.com/social-science/what-is-the-psychology-of-mukbang-watching.html元論文
The Psychology of Mukbang Watching: A Scoping Review of the Academic and Non-academic Literature https://link.springer.com/article/10.1007/s11469-019-00211-0