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1973年8月23日、ストックホルムのスウェーデン信用銀行は、ヤン=エリック・オルソンという武装した男による強盗事件に直面しました。
この解決までに6日間という長期間を要した人質事件が、「ストックホルム症候群」という新しい心理学的現象を生み出す起源となったのです。
「ストックホルム症候群」とは、人質が彼らを捕えている犯罪者に対して感情的な絆や同情を感じることを示しています。この名称は当時警察に従事していた精神医学アドバイザー、ニルス・ベジェロットによって名付けられました。
「ストックホルム症候群」は臨床心理学における心理障害(精神障害)ではなく、心的外傷後ストレス障害(PTSD)として扱われています。
23歳のクリスティン・エンマークは、この現象を最初に経験したとされる人物です。しかし、彼女自身は強盗犯との間に感情的な結びつきはないと主張しています。
事件から50年が経った今、専門家らはストックホルム症候群が本物の現象なのか、それとも事件の際、社会が期待するような反応をしなかった女性に押し付けられた言葉なのか疑問を抱いています。
カナダのセラピスト、アラン・ウェイド博士は、「彼女は心理学界で最も有名な女性の一人であり、最も深く誤解されている女性の一人です」と、 彼女の体験が誤解されていると指摘しています。
一体どのような部分が誤解されているのでしょうか。まずは事件を振り返ってみましょう。
その日、スウェーデン信用銀行に勤めるクリスティンが、いつも通り働いていると、銃を持ったヤン=エリック・オルソンが現れました。彼はラジオでロックミュージックを流しながら、クリスティンを含む4人の銀行員を人質に取ったのです。
彼の要求は高額な身代金だけでなく、刑務所に収監されていた仲間、クラーク・オロフソンの解放も含まれていました。
意外なことにスウェーデン政府はこの要求に応じ、クラークを銀行に送り込みました。
このクラークはその後、人質たちに対して友好的な態度で接してくれたようで、クラークが彼女たちの安全を確保するため、ヤン=エリックを説得するなどの行動をとったと言います。
そのためクラークの到着は銀行内の緊張を緩和させることとなり、特にクリスティンにとって、彼は安心感をもたらたようです。
この銀行襲撃事件は、最終的に6日間にも渡って続いたため、その緊張感の中で、緊張を緩和させる存在となった犯人の存在は、被害者たちが犯人グループに絆を感じる原因になった可能性はあるでしょう。
しかし、被害者たちの感情は一般的に理解されているものとは異なっていた可能性があるようです。
警察は最初の数日間に大失態を犯しました。
警察はヤン=エリックの正確な身元を特定できず、カイ・ハンソンという脱獄犯だと思い込み、カイ・ハンソンの弟を現場に送り込んでしまったのです。
そのためヤン=エリックはこの少年に向けて発砲、少年は危険を感じてすぐにその場から逃げ出しましたが、これにより人質たちは警察の能力を疑問視し始めました。
クリスティンは特に警察の対応に失望し、オロフ・パルメ首相に直接電話をかけました。
彼女は人質たちの命が危険にさらされていること、そして犯人たちの要求に応じることの重要性を懸命に訴えました。首相は理解を示しつつも、犯人たちを外に出すことのリスクを懸念していました。
その対応に疑問を感じたクリスティンは、通話の最後に 「助けてくれてありがとう」と皮肉を込めた言葉で首相に感謝の意を示したのです。
こうしたクリスティンの行動は、かなり犯人側に協力的で同情的と見られる原因になったでしょう。
事件発生から6日が経過した頃、人質たちは警察が催涙ガスを投げ入れるための準備として、天井に穴を開けている音を耳にしました。
当然犯人たちもこのことに気づき、計画を実行すれば人質を殺害すると警察を脅し、人質たちも計画を変えるように警察に訴えました。
しかし結果的に警察は催涙ガスの使用を決行。被害者や犯人たちは床に倒れ嘔吐し、ヤン・エリックは逮捕され、他の人質たちは無事に救出されました。
この救出作戦はたまたま上手く行っただけであり、被害者にも大きな被害が出る可能性があったとクリスティンは考えたようです。
そのため彼女は後に警察のこの強引な救出方法に疑問を持ち、公然と批判する姿勢を行ったのです。
しかし、このとき彼女のとった警察への批判姿勢は、強盗犯に同情し擁護するために発せられたと理解され、後に「ストックホルム症候群」という名で世界中に知られることなるのです。
ストックホルム症候群は、多くの人々に知られているにもかかわらず、精神障害の専門的なガイドブックである『精神障害の診断と統計マニュアル』(DSM)には記載されていません。このマニュアルは、世界中の医療専門家が参照するもので、非常に重要な役割を果たしています。
ここに記載がないということは、ストックホルム症候群は正式な病気として診断するためのガイドラインが存在しないことを意味します。
ジェス・ヒルというジャーナリストは著書『See What You Made Me Do』の中で、この症候群の起源を詳しく調査しています。
ヒルによれば、ストックホルム症候群の名付け親であるベジェロット医師は、実際の診断や研究の根拠なく、外部からの観察だけでこの症候群を定義したとされています。
そのため、被害者が犯人に同情する行動を取ることが、症候群のせいであるという単純な解釈が生まれたのです。
カナダのセラピスト、アラン・ウェイド博士はストックホルム症候群の存在自体を疑問視しており、この症候群はクリスティン・エンマークの心理に基づくものではなく、彼女の声を封殺するためのものであると主張しています。
この事件では、序盤から警察が失態を演じており、また立てこもりの長期化に対してかなり強引な方法で解決を図っています。
そうした警察の失態やずさんな対応を批判した被害者の声が、「ストックホルム症候群」という病気によって起きた一種の錯乱という扱いにされてしまったというのです。
世間が求めていたのは、事件解決のために警察に協力的で、解決後は感謝の意を示す被害者です。
そのため警察を信じず、批判的な行動をとったクリスティンは狂気の沙汰だと考えられたのです。
しかしクリスティン自身は事件から数十年が経過した現在も、当時の自分が何も悪いことはしていないと認識し、自らの行動に誇りを持っています。
確かに被害者が自身の安全を確保するために、犯人をなるべく刺激しないように行動しようというのは当然だと考えられます。
これを精神的な錯乱として扱い、事件に対する警察のずさんな対応への批判を封殺しようとしたのだとしたら大きな問題でしょう。
ストックホルム症候群は、興味深い心理現象として多くの人々の関心を引きつけています。
この症候群が注目される背景には、人々の心の中での葛藤や、危機的状況下での人間関係の複雑さが見られます。
それは直感的にも理解できる心理であるため注目されているのでしょうが、「ストックホルム症候群」自体の具体的な定義や起源は非常に曖昧です。
またその後に報告されている、この症状に対する研究の質や量に関しても問題が指摘されています。
このようなことを踏まえると、ストックホルム症候群という言葉が使用される際は、それがどんな文脈で使われているのか注意を払う必要があるでしょう。
参考文献
Is Stockholm syndrome a myth? The terrifying crime behind psychology’s most famous — and dubious — term https://www.abc.net.au/news/2023-08-23/is-stockholm-syndrome-a-myth/102738084