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深海は地球表面の60%以上を占めていますが、その全貌や生物相はほとんど明らかになっていません。
そのためしばしば言及されるように、地球の深海よりも火星表面の方が遥かによく知られています。
というのも深海は肺を押しつぶす水圧、凍りつくような低温、日光の届かない暗闇など、生身の人間を寄せ付けない世界だからです。
数十年前まではまともな調査もできない状況でしたが、今ではロボット工学や探査技術の進歩により、深海の世界が徐々に明らかになりつつあります。
深海は主に水深200メートルより深いところを指し、
・水深200〜1000メートルを「トワイライトゾーン(中深層)」
・水深1000〜4000メートルを「 ミッドナイトゾーン(漸深層)」
・水深4000〜6000メートルを「アビサルゾーン(深海帯)」
・水深6000〜10000メートルを「ヘイダルゾーン(超深海帯)」
と分類します。
驚くことにヘイダルゾーンに至っても生物は存在し、最近の研究では、伊豆・小笠原海溝の水深8336mでシンカイクサウオの仲間が発見され話題となりました。
これはエベレストをひっくり返した深さに匹敵し、見つかった生物は「世界で最も深い海で生きる魚」として記録されています。
そんな中、研究チームは今回、水深の深さに応じて生物のあり方が変わるかどうかを調べることにしました。
その結果、深海生物の2つの陣営に分ける”見えないライン”が発見されたのです。
本研究では、深海用の無人探査ロボットを使って「クラリオン・クリッパートン海域(CCZ)」として知られる深海平原を調査しました。
CCZは、東太平洋のハワイ〜メキシコ近海の5000キロ以上にわたって東西に伸びる深海平原です。
深度は約3500〜6000メートルの間で、面積は約600万平方キロメートルに達します。
チームはこの海域で大規模な画像データを収集し、合計で411種類、5万匹以上の深海生物を撮影しました。
(ただし調査対象とした生物は体長10ミリ以上に限定しています)
そして見つかった生物を生息深度に合わせて分析した結果、ある深さを境に体のあり方が著しく変わることが判明しました。
水深3800〜4300メートルの層には、貝殻や硬い外骨格を持つ生物が密集しているのに対し、水深4800〜5300メートルの層にはナマコなどのグニャグニャした生物が支配的で、殻を持つ生物がほぼ存在しなかったのです。
その中間の層には、殻を持つ種と持たない種の両方が混在していました。
この理由について研究者は「炭酸塩補償深度(CCD)」が関係していることを見出しています。
CCDとは、海中において炭酸塩化合物(おもに炭酸カルシウム)が存在しうる最大深度のことです。
これより浅い場所には炭酸カルシウムが豊富に存在するので、生物たちはそれを材料に硬い殻を作ることができます。
しかしCCDより深い場所では炭酸カルシウムがないため、生物は殻を作れず、グニャグニャした軟体動物が支配的になっていたのです。
CCDの深さは場所の環境要因によって変わりますが、クラリオン・クリッパートン海域(CCZ)では、だいたい水深4400メートル辺りであると推定されました。
チームは今回の新たな知見が深海の生態系の保護活動に役立つと見ています。
特にクラリオン・クリッパートン海域には金属を豊富に含む岩石が膨大に蓄積しており、鉱山会社にとっては魅力的な場所です。
しかし無闇に海底を掘削すれば、海中の化学物質のバランスが崩れてしまい、それぞれの環境に適応した生物たちにダメージを与えるかもしれません。
深海探査はこうした”見えないライン”を考慮しながら、生物たちの悪影響とならないよう慎重に行わなければならないでしょう。
参考文献
A Hidden Line Deep in The Ocean Divides Animals Into Two Camps https://www.sciencealert.com/a-hidden-line-deep-in-the-ocean-divides-animals-into-two-camps元論文
Carbonate compensation depth drives abyssal biogeography in the northeast Pacific https://www.nature.com/articles/s41559-023-02122-9#Abs1