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群れのリーダーであるメスは30代〜40代で閉経し、子供を産めなくなりますが、その後も平均して20年以上生きられます。
多くの人はこの事実をそれほど不思議に感じないかもしれませんが、自然界では閉経を経験する動物は珍しい存在です。
生物学的に繁殖できなくなったメスの役割は特に無いため、動物のメスは繁殖能力の喪失と寿命が一致しています。
そのため、閉経する動物は人間を除けば、シャチと数種のクジラだけです。
しかし閉経後もこれだけ長く生きるということは、年老いたシャチのメスには何らかの重要な役割があると考えられます。
そこで研究チームは今回、閉経後のシャチがいることで子孫が受けるメリットを調べることにしました。
チームが注目したのは、グループ内のシャチの体に見られる傷痕の多さです。
頂点捕食者であるシャチが他の生物に手を出されることはありませんが、グループ内外の争いによって頻繁に怪我をします。
本研究では、北米太平洋岸に住むシャチのグループを監視し続けている米クジラ研究センター(Center for Whale Research)が収集した過去47年分のデータを分析しました。
具体的には、閉経後のメスがリーダー・繁殖できるメスがリーダー・メスのリーダーがいない3つの群れを対象に、グループ内のシャチたちの傷痕を調査。
その結果、閉経後のメスがリーダーの群れでは、グループに属するオスの子孫の傷痕が大幅に少ないことが判明したのです。
他の2グループに比べ、平均して35%も傷が少なくなっていました。
一方で、繁殖できるメスがリーダーの場合とそうでない場合では、子孫の傷痕の多さは変わりませんでした。
これは閉経後のメスがグループ内外における子供や孫たちの争いを抑制する働きをしていることを示唆します。
研究主任のチャーリー・グライムス(Charli Grimes)氏は「おそらく出産の負担がなくなったことで、子供たちを守るための時間とエネルギーが解放されるのでしょう」と見解を述べました。
ところが不思議なことに、傷痕の減少効果はグループ内のオスだけに見られ、メスの子孫では確認されなかったのです。
つまり、閉経後のメスは息子たちだけを優先的に守り、娘たちは無視していることを意味します。
一体なぜでしょうか?
研究者らは閉経後のメスが娘を守らない理由について「進化的な理由がある」と考えます。
シャチが目指すのは、あらゆる動物と同じく”種の繁栄”です。
そのためには子供たちを立派に育て上げて、新たに子孫を増やしてもらう必要がありますが、オスが繁殖する場合、他のグループのメスと交尾して、そこに子種を置いて戻ってきます。
つまり、グループ内のオスの繁殖行動は自分の血を継ぐ子孫を増やしながらも、子育ての負担は発生しないのです。
ここに彼女らがオスの子供たちだけを大切に保護するメリットがあります。
対して、娘たちがあまりにたくさんの子供を産んでしまうと、その分の世話や教育の負担が非常に増えてしまいます。
それゆえ閉経後のメスは娘を積極的に守ろうとはしないのです。
逆に娘たちには「早く自立して出ていってほしい」と考えているくらいかもしれません。
本研究の成果は、シャチが閉経後も長く生きる新たな理由の一つとなるでしょう。
これまでの研究で、年老いたメスのシャチはグループが食糧難に陥った際に、年寄りの知恵を使って、子孫たちに食料が得られる場所を教えることが知られています。
私たち人間社会と同じように、シャチの世界でも「おばあちゃん」の存在が大切な役割を果たしているようです。
参考文献
Male killer whales protected by post-menopause mothers https://news.exeter.ac.uk/faculty-of-health-and-life-sciences/male-killer-whales-protected-by-post-menopause-mothers/ Killer whale mothers protect their sons from injury in the years post menopause https://www.earth.com/news/killer-whale-mothers-protect-their-sons-from-injury-in-the-years-post-menopause/元論文
Postreproductive female killer whales reduce socially inflicted injuries in their male offspring https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(23)00824-2