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シャチの世界では、まるで人間の世界と同じように「一過性の遊び」が流行ることがあります。
1987 年の夏、アメリカ合衆国ワシントン北西部ピュージェット湾地域のメスのシャチが、サケの死骸を頭に乗せて泳ぐ行動を見せました。
この直後、近くにあった他の2つの群れ(ポッド)でも同じ行動を取るシャチが確認されました。
この行動は、約1か月間ほど続きましたが、その後は、実施されることはほとんどありませんでした。
他にも2020年頃から、スペインとモロッコを隔てるイベリア半島沖のジブラルタル海峡周辺で、野生のシャチの群れが小型船を攻撃する事例が、数十件ほど報告されています。
これまで、シャチが人間を攻撃してきた記録はほとんどなかったため、非常に珍しい記録です。
この行動が一体なんなのかは解明されてません。
しかし確かなのは、この攻撃行動は、「ホワイト・グラディス」と名付けられた1頭のメスのシャチから始まったことです。
そのため「人間もしくは小型船に恨みを持つ1頭が始めた行動」が「好奇心旺盛なシャチの間で、流行し一過性の遊びになった」のではないかと、予測されています。
シャチたちは仲間の始めた行動を面白いと思ったとき、人間社会で流行が生まれるのと同様に、特に意味のない行動であっても繰り返し真似て広がっていくことがあるようです。
これは人間におけるTIK TOKなどのトレンドや、ファッションの流行に近く、私たちの感覚としては理解しやすい行動でしょう。
しかしそれをシャチが行っていると聞くと驚いてしまいます。
これは高度な知能を持つ生物特有の行動なのかもしれません。
シャチを含むクジラ類において、声は重要なコミュニケーションツールです。
音は、空気中よりも水中ではるかに速く遠くまで伝わるため、クジラ類は、遠く離れた仲間ともコミュニケーションを取ることが可能です。
シャチは社会性が強く、3頭~50頭ぐらいの群れ(ポッド)を作り、コミュニケーションを交わしながら行動しています。
このポッドは、母、娘、孫を中心とした母系構造となっています。また、血縁の近いポッド同士は、似通った声でコミュニケーションを取ります。人間社会で言う、所謂「方言」のようなものがあるのです。
ではなぜ、シャチの世界にも方言が存在するのでしょうか?
これは、「地域のポッドによってエサが違うため、最適な狩猟方法が異なるからではないか」と考えられています。
シャチは、魚、アザラシ、クジラなど様々な生物を捕食します。しかし、地域によってエサが若干異なる場合があるのです。
例えば、南アフリカ沖のシャチはサメを狩ります。狩った後に、外科手術に近い精密さで内臓を取り除く行動も確認されています。
更には、栄養価も油分も高い「肝臓」を、特に好んで食します。つまり、この地域のポッドのメンバーにおいては、「サメの肝臓を取り出す方法」を年長者から学ぶことが重要なのです。
また、現在「世界中に生息するシャチは、全て同じ種であり、1種類しかいない」と考えられています。
しかし、体の模様や形には、若干の地域差があることも確認されています。「方言や行動の地域性が、体の特徴の違いを生み出しており、種の分化を促している」と考える人もいるようです。
シャチの世界には一匹狼という異端者は存在せず、ポッドという群れを作り生活しています。
そのポッドは母系構造だと述べましたが、そこには所謂「おばあちゃんシャチ」も所属しています。
シャチのメスは40歳くらいで閉経し繁殖を行えなくなりますが、その後90歳くらいまで生き延び、ポッドに所属するのです。
一方、オスは50歳くらいが寿命です。
通常自然界の生物たちは、繁殖こそを最大の目的として生きているため、繁殖が不可能になる閉経を経験しません。
進化の観点からすると、「繁殖機能のないメスが長く生きる意味はないため」通常は繁殖能力が衰えたメスは死んでしまうからです。
ところがシャチには、40~90歳の閉経後のメス「おばあちゃん」が存在します。これは生物学的にはかなり珍しいことです。
では繁殖ができない「おばあちゃんシャチ」は、なぜポッドに所属し続けているのでしょうか?
それは、おばあちゃんシャチは、若い世代のシャチ達よりも、「経験が豊富」という点で、ポッドに貢献しているからです。
特に、豊富な食糧源、効率の良い狩猟方法などを、ポッドのメンバーに伝えることにより、ポッドの生存率を上げていると考えられています。
太平洋岸北西部で数十年にわたってシャチの群れを分析してきた科学者によると、おばあちゃんシャチが死ぬと、その後2年間は、孫の死亡率が大幅に上がることも分かっています。
人類学の分野においても、タンザニアで狩猟や採集をして暮らすハッザ族の研究、産業革命前の時代に生きたフィンランド人とカナダ人のデータを2004年に分析した研究などで、「おばあちゃんがいる孫の方が、成人になるまで生存する割合が高かった」という結果が出ています。
これらは、所謂「おばあちゃん効果」と呼ばれています。
先に述べた通りシャチは「メスが、死亡前に閉経する数少ない哺乳類」の一種であり、これが謎とされてきました。
今回の研究結果により、その謎の解明が進んだのです。
2018年、フランス、アンティーブの水族館で飼育されている16歳の「ウィキー」というメスのシャチが、「人間の言葉を話す」という報告がされました。
科学者が彼女に、「こんにちは」や「バイバイ」など、人間の言葉のように聞こえる発声法を教えたところ、噴気孔から似た音を出せるようになったというのです。
ウィキーがその言葉の意味を知っていたという兆候はありませんでしたが、人間の声真似をできる事実は、驚くべきことでした。
しかし、原因こそハッキリ解明されていないものの、シャチが他の生物の声真似をする事自体は広く知られています。
例えば、2011年の研究では、異なる方言を持つ他のシャチの発声を真似ることができることが判明しました。
他にも、バンドウイルカの声真似をする例も記録されていますが、シャチとイルカは近縁であるため、そこまで奇妙な報告ではないかもしれません。
一方で、アシカの声真似をしていることも記録されています。アシカはシャチの捕食対象であるため、これは何かシャチの狩りに関連している可能性があります。
シャチは非常に知能が高く、群れごとの方言を持つ、流行の遊びを作る、「おばあちゃん効果」がある、など人間社会と共通する点がいくつもあります。
それを聞いて親近感が沸いたという人も、恐ろしくなった方もいるでしょうか。
海洋生物であるシャチは、継続的な観察が難しく、良く知られている生物といえど、まだまだ解明されていない性質が数多く存在しています。
新しい研究も多いため、今後のシャチ研究の進展が楽しみですね。
参考文献
These 4 Mind-Blowing Facts Show Just How Smart Orcas Really Are, MICHELLE STARR https://www.sciencealert.com/these-4-mind-blowing-facts-show-just-how-smart-orcas-really-are 海の仲間たち シャチプール, 名古屋港水族館 https://nagoyaaqua.jp/friends/north/1223/ 祖母の仮説 Grandmother Hypothesis, Academic Accelerator https://academic-accelerator.com/encyclopedia/grandmother-hypothesis シャチが話し言葉を習得、人間まねて「ハロー」, CNN.co.jp https://www.cnn.co.jp/fringe/35114037.html 「ハロー」「バイバイ」、人の言葉をまねするシャチ 保護団体からは批判も, BCC NEWS JAPAN https://www.bbc.com/japanese/video-42914639元論文
Behavioural responses of male killer whales toa ‘leapfrogging’ vessel, Rob Williams https://journal.iwc.int/index.php/jcrm/article/view/844/564 Ecological Knowledge, Leadership, and the Evolution of Menopause in Killer Whales, Lauren J.N. Brent https://www.cell.com/current-biology/pdf/S0960-9822(15)00069-X.pdf