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米国のシドニー大学(USYD)で行われた研究によって、宇宙が現在の10分の1ほどでの年齢のとき、時間の経過速度が現在の5分の1しかなかった(5倍遅く流れていた)ことが観測によって証明されました。
観測の対象となったのはビッグバンからわずか10億年後に誕生した超大質量ブラックホール「クエーサー」から発せられる強力な光でした。
これまでの研究では、過去の時間が遅れている様子は主に超新星爆発の光によって確かめられてきましたが、今回の研究では遠方にあるクエーサーからの光によって、より過去ではさらに時間の流れが遅くなっていることが観測されました。
研究者たちは観測された時間の遅れを「スピードを落として映画をみているようだ」と述べています。
しかし、なぜ過去の世界は現在よりも時間が遅く流れているのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年7月3日に『Nature Astronomy』にて掲載されました。
目次
まず最も気になる点、過去の宇宙がスローモーションに映る原因についてです。
上の動画では超新星爆発を直近で見た場合と、遥かかなたの宇宙から観測した場合を比べています。
動画でもわかるように、超新星爆発を直近でみた場合と比べて、遠い宇宙から観測したものはスローモーションがかかったようにゆっくりになっています。
「本当に見る位置がかわるだけで、こんなに時間の流れが遅くなるのか?」
と疑問に思う人もいるでしょうが、長年に渡る観測結果が事実であることを示しています。
そうなると問題は、スローモーション現象が起こる理由です。
といっても難しい話ではありません。
現在の宇宙論では、宇宙は時間の経過とともに加速度的な膨張を起こしていることが知られています。
この膨張の影響は超新星爆発や超大質量ブラックホール「クエーサー」から発せられる光にも影響を及ぼし、光の波長が空間と一緒に伸びていくことが知られています。
ゴム膜の上に波紋を描いたとき、ゴム膜を引っ張ると波紋の間隔が広がっていくのと同じです。
そのため発信源では波長が短い青の光でも、宇宙を旅して地球に到達するころには波長の長い赤い光に変化するという現象(赤方偏移)が起こります。
波長が伸びる度合いは、宇宙の膨張にどれだけ晒されたか、つまり古い時代に発せられた遠くの光ほど大きくなっています。
そのため波長が伸びる度合いを調べることで、光が発せられた時間を知ることが可能になります。
また光が発せられた時間に光の速度をかけ合わせて「速度×時間」をつくれば光の発信源までの「距離」も明らかになります。
小学校で習った「距離=速度×時間」の概念を使うわけです。
(※時速4キロで2時間走ったときの移動距離は「4×2」で8キロメートルになるのと同じです)
しかし先ほど述べたように現実の宇宙は常に膨張を続けており、宇宙を旅してきた光の距離は光の波長と一緒に自然に増加していきます。
すると宇宙の膨張につられて「距離=速度×時間」のうち、距離だけがドンドン勝手に伸びて行ってしまうことになります。
そのため左右をイコールで結び続けるには、速度か時間を増やさなければなりません。
普通に考えると時間の流れを変えるより、速度を変える方が合理的な印象を受けます
しかし実際の宇宙では、時間を一定に保つよりも光速を一定に保つ方が優先されます。
もし空間が伸びたり、自身が光速で移動することで、光の速度が遅れて見えそうになった場合、宇宙は光速を一定に保つために時間の方を歪めてしまうのです。
この事実を示したのがアインシュタインの相対性理論です。
そのため「距離=速度×時間」の式では、空間の伸びにより距離が増加した場合、それに応じて時間も増加することになるのです。
そして、この時間部分の増加こそが、過去の世界をスローモーションにみせる原因となっています。
もし発信源で光が1秒に1回発生するならば、宇宙の膨張により、光が地球に到着する頃には2秒に1回、3秒に1回と、時間部分(秒)が増えてスローモーションにみえるのです。
過去に観測された超新星爆発では、波長の伸び率がおよそ元の2倍であることが示され、超新星爆発の光が75億年ほど前に発せられたことが突き止められました。
また実際に最初の動画のように、超新星爆発の進行が直近でみられるよりもずいぶんとスローモーションになっていることも、観測によって確かめられました。
しかし、超新星爆発がいくら強い光を放つといっても、光が観測できる距離には限度があります。
つまり、より古い時代に発された光でより多くの「時間の遅れ」を観測するには、超新星爆発を超える強烈な光を放つ天体が必要になるのです。
そこで今回、シカゴ大学の研究者たちが着目したのがクエーサーでした。
クエーサーの正体は活発に物質を飲み込んでいる超大質量ブラックホールであり、たいていは活動銀河の中心に存在します。
クエーサーの周りには飲み込まれる直前の物質が光の速度に近い速さで円盤状に回転しており、円盤からは激しい光が発せられています。
このようなクエーサーが発生させる莫大な光は超新星爆発よりも長距離に届けられます。
ただこれまでの研究ではクエーサーから発せられる光を観測しても、超新星爆発のような時間の遅れを十分に検知することはできませんでした。
そのためある種のパラドックスが発生し、クエーサーから発せられる光には未解明の力が加わっている可能性も論じられていました。
しかし今回の研究チームは190個のクエーサーに対する20年間の観測データを利用して、ビッグバンから10億年ちょっとしかたっていない若い宇宙に存在したクエーサーに「5倍もの時間の遅れ」が発生していることを証明したのです。
もしその頃にタイムスリップした人がいても、1秒はちゃんと1秒として認識されますが、120億年以上後の地球では当時の1秒で起こる出来事が5秒かけてスローモーションで観測されるのです。
研究者たちは「幼い宇宙では出来事がはるかにゆっくりと展開しているように見える」と感想を述べています。
また今回の観測により遠方のクエーサーからも時間の遅れが観測されたという事実は、アインシュタインの理論が遥かかなたの宇宙にも通用できることを示しています。
参考文献
Quasar ‘clocks’show Universe running five times slower soon after Big Bang元論文
Detection of the cosmological time dilation of high-redshift quasars