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広島大学、北海道大学の研究チームはこのほど、モデル生物として有名な「線虫(C.エレガンス)」が静電気を利用して他の生物や物体に飛び移れることを発見しました。
線虫は静電気の引力を使ってハチなどに飛び乗り、遠方まで移動していると考えられます。
さらに驚くことに静電気ジャンプは100匹近い集団でも可能でした。
研究の詳細は、2023年6月21日付で科学雑誌『Current Biology』に掲載されています。
目次
線虫は世界中の至るところに拡散しています。
しかし体長1ミリにも満たず、手も足も羽もない彼らが長距離移動するには、他の生物に飛び乗る「ヒッチハイク」が必要です。
実際にこれまでの調査で、線虫は空を飛ぶハチにくっついて移動できることが知られています。
一方で、手も足も羽もないゆえに、線虫がどうやってハチの体に移動できるのかが分かりませんでした。
そんな中、研究チームは2019年に、シャーレ内の寒天培地に置いたはずの線虫が、なぜか数秒後にはシャーレの蓋に移動している不可思議な現象に直面しました。
培地から蓋までは距離にして30ミリ以上あり、体長1ミリ以下の線虫が歩いて移動するのに数秒ではききません。
そこで顕微鏡下で観察したところ、培地上に置いた線虫が突然姿を消し、次の瞬間、シャーレの蓋にくっついているという孫悟空ばりの瞬間移動を披露したのです。
さらにハイスピードカメラで観察した結果、線虫は瞬間移動の直前に姿勢を変えておらず、空中でもほぼ動いていないことから、何らかの外的な力が働いていることが伺えました。
しかしチームはその外力がすぐに「静電気」であることに気づきます。
静電気とは簡単にいうと、プラスに帯電した側とマイナスに帯電した側が引かれ合うことで発生する現象です。
そして先の研究で使っていたシャーレの素材は、電荷を帯びやすいポリスチレンだったのです。
反対にガラス製のシャーレは電荷を帯ず、実際に線虫を置いても飛び跳ねることはありませんでした。
チームは両素材のシャーレについて、プレート上と蓋の間の電位差を測定してみることに。
その結果、ガラス製の電位差はほぼゼロだったのに対し、ポリスチレン製では電位差が大きくなっていました。
つまり、ポリスチレンでは静電気が発生しやすい状態にあり、線虫はこれを動力源としてジャンプしていたのです。
そして線虫は、これを実験室内だけでなく自然界で他の生物に飛び移る際にも利用していることがわかってきました。
チームは線虫が自然界で拡散する際にも、この静電気ジャンプを利用していると考え、マルハナバチを使った実験を行いました。
マルハナバチを用いた理由は、彼らが空を飛ぶときに電荷を帯びたり、体表面の帯電を利用して植物の花粉をくっつけることが知られているためです。
実験では花粉をこすりつけて帯電させたマルハナバチをピンセットでつまみ、線虫に近づけてみました。
その結果、事前の予想通りに、線虫が静電気の引力を利用してハチの体に飛び移っていることがわかったのです。
また線虫は飛び移る前に体を垂直に立て、ハチと自分の間に働く表面エネルギーをできるだけ減らすことで、ハチにくっつきやすくしていました。
もし水平に寝そべったままだと、細長い体の全面に静電気の引力が働かなければなりませんが、体を立てておくと尻尾の先っちょだけで済みます。
要は「線」にかかるところを「点」にしていたのです。
さらなる驚きは1匹の線虫が最大100匹近くの線虫を持ち上げて、その集団ごと飛び移れたことでした。
帯電したマルハナバチを近づけた実験で、100匹近い線虫が集団でジャンプして飛び移る様子が観察されています。
以上の結果から「線虫は静電気の引力を利用して他の生物に飛び移ることができる」と結論しました。
これは「線虫がどうやってハチの体にヒッチハイクしているのか」という謎に答えるものです。
ある生物が他の生物と相互作用する際に、音や直接的な接触、フェロモンなどの匂いを使うことはよく知られていますが、「電気」を利用する例はほとんど報告されていません。
しかし線虫のような小さい生き物は帯電しやすいため、彼らサイズの世界では電気を利用した行動がありふれている可能性があります。
今後、小さな生物を調べる際は目に見えない電気に注目することで、新たな発見が期待できるかもしれません。
参考文献
手も足も羽もない線虫が飛ぶ〜線虫が静電気の引力を利用して昆虫に飛び乗り、拡散することを発見〜元論文
Caenorhabditis elegans transfers across a gap under an electric field as dispersal behavior