- 週間ランキング
ノロウイルスは嘔吐や下痢、時には発熱を引き起こし、日本だけではなく世界的に発生している腸管感染症です。
感染源は主に牡蠣などの二枚貝や、感染者の吐物及び便で、年間約7億人が発症し、約20万人が死亡しているため、人間にとって大きな脅威といえるでしょう。
ノロウイルスは熱と乾燥に強い性質で、85℃~90℃で90秒以上の加熱をしないと不活化しないうえ、ホコリに付着したまま空中を浮遊することもできます。
さらに、アルコールで破壊できるエンベロープという細胞膜を持たないためアルコール消毒は効果がなく、除去するためには次亜塩素酸ナトリウム水溶液(塩素系漂白剤など)による消毒が必要です。
新型コロナウイルス感染症の流行によりアルコール消毒が一般的になったことから、「アルコールで消毒さえすれば安心」と思っている人も少なくありませんが、残念ながらノロウイルスには効果が期待できません。
また、次亜塩素酸ナトリウム水溶液は人体に有害なため、万が一汚染された箇所を皮膚で触れてしまったときは石鹸と流水で念入りに洗い流すしかありません。
「消毒方法が限られ、人体についたら洗い流すしかない」こういった特徴からノロウイルスの感染を防ぐのは、ほかのウイルスよりも難しいといわれています。
また、ノロウイルスは感染力がとても強く、ウイルス10~100個という少数でも感染することもあります。
ノロウイルスが付着した、ほんの小さなホコリを吸い込むことで感染することもあります。
そのため「一人のノロウイルス感染者が嘔吐すると同じ空間にいた人が次々と感染する」というようなことが、世界各地で実際に起こっています。
感染予防がかなり難しいノロウイルスに対して、ワクチンによる感染、発症、重症化予防を期待する人も多いのではないでしょうか。
しかし2023年6月現在、ノロウイルスのワクチンは日本のみならず世界的に製品化されていません。
2023年6月現在、ノロウイルスを予防できるワクチンを打つことはできません。
なぜノロウイルスワクチンが製品化されていないのかは、ノロウイルスの性質とそもそもワクチン開発が難しいという2点が原因です。
ノロウイルスは基本的にヒトの腸管でしか増えることができません。
そのため、試験管内で人工的に増やすことはできず、思うように研究が進みませんでした。
しかし、2014年はB細胞由来のBJAB細胞、2016年にはES細胞から樹立した腸管オルガノイド、2018年はIPSから樹立した腸管オルガノイド、2022年は唾液腺から樹立した細胞と、次々とノロウイルスを培養できる細胞を作り出せるようになってきています。
人工的に作り出した細胞でノロウイルスの培養が可能となり、開発速度の向上につながっています。
ただ、ウイルス保存液には感染者の便材料が必要であること、培養のための細胞を作り出すコストが高額であること、といった課題は依然残っていることが現状です。
より研究や開発がより進みやすくなるためには、さらなる改良が必要となります。
また、ノロウイルスの種類は1つではありません。
ヒトに感染する遺伝子群はGI、GIIの2種類ですが、それぞれ14種類、21種類の抗原性が異なる遺伝子群に分類されます。(参考:NIHS)
感染症として流行するウイルスの遺伝子型は変化しており、ノロウイルスを完全に予防するためには複数の型に効果がなければなりません。
そのため、1つの遺伝子群に効果があるワクチンを開発を進めていても、「ほかの遺伝子型に効果があるのかどうか」という課題も残されています。
ノロウイルスに限らずウイルスに対するワクチンの製品化は容易ではなく、何年もの期間が必要となります。
それは、予防に有効なワクチンを開発するまでに時間がかかるうえ、完成後も安全性を確保するために3段階に分けて臨床試験が行われるからです。
新型コロナウイルス感染症の際には世界的な危機があったことから各国が力を入れ、かなりの短時間で製品化までこぎつけましたが、ほかのウイルスではそうはいきません。
臨床試験では、第1相では少人数、第2相では健康な人に限定した試験、第3相では大規模な集団に接種しデータを集計します。
特に大変なのは第3相です。集めなくてはならない被験者の数が数千人規模と多いうえ、ここで効果が少ない、安全性が低い、といったことが分かれば製品化への道はストップします。
何年もの年月をかけて開発や臨床試験を行い効果と安全性を確保できたら、政府からの承認を受け、さらに第4相の臨床試験が行われたあとようやく製品化が実現するのです。
ノロウイルスのワクチン開発は、承認までの長さ、培養の難しさなどが原因で、製品化までかなり時間がかかることが分かりました。
果たしてノロウイルスワクチンの製品化は可能なのでしょうか。
日本では、武田薬品が唯一ノロウイルスの開発を行っていました。
開発コードはHIL-214(以前はTAK-214)で、2021年にはFrazier社にノロウイルスワクチンの開発や販売、販売に関しする提携を行っています。
HIL-214は世界でもっとも開発が進んでいるノロウイルスワクチンで、製品化に大きな期待が寄せられています。
Frazier社の発表によると、現段階では臨床試験第2相後期まで進んでおり、そこではノロウイルスの重症化に効果があると実証されました。
今後、より大規模な第3相臨床試験、政府からの承認が完了すれば製品化は実現します。
ノロウイルスワクチンの製品化は不可能なものではなく、現実味を帯びてきました。
ただし、製品化までの道のりは簡単なものではありません。
実際に、武田薬品がTAK-214の第2相後期の臨床試験を始めたのは2016年ですが、2023年6月現在未だノロウイルスワクチンの製品化は未定です。
今後製品化までは数年単位の年月を必要とすると予測され、私たちがノロウイルスワクチンを接種できるようになるまでは2030年を超えてしまうかもしれません。
より早い製品化が望まれますが、それまでは手洗いなどで地道な予防を続けるようにするしかないでしょう。
参考文献
武田薬品とFrazier Healthcare Partnersとの提携によるノロウイルスワクチンの臨床開発を目的としたHilleVax社の設立について https://www.takeda.com/jp/newsroom/newsreleases/2021/20210730-8282/ 世界初となるノロウイルスワクチンのフィールド試験開始について https://www.takeda.com/jp/newsroom/newsreleases/2016/20160621_7466/ ノロウイルスおよびサポウイルスの研究動向(2022年) https://www.mhcl.jp/workslabo/hatena/sapovirus#bb