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原子力発電では重い粒子を割って軽い粒子を生成します。このとき生成された軽い粒子の質量の総和は、もとの粒子の質量の総和よりも軽くなっています。
そしてこの失われた質量分がアインシュタインの式に従ってエネルギーに変わるのです。
原子力発電では、例えば燃料にウラン235を用いて、より小さな2つの原子核に分裂させ、このとき複数の中性子(エネルギー)を放出させます。
逆に核融合反応では、軽い原子同士をぶつけて、少し重い原子核を生成します。
ここでは例えば燃料に重水素(D:デューテリウム)と三重水素(T:トリチウム)を用いて、衝突させ、ヘリウムと中性子(エネルギー)を生み出すD-T反応があります。
核分裂と核融合は、分列と融合というプロセスの違いがあるものの、どちらの場合も反応物質(燃料)と生成物質それぞれの”総和”で比較したとき、反応後の質量の方が小さくなっています。
化学反応のような分子の組み換えでは質量保存則が成立していて、反応前と反応後の質量は基本的に同じです。そのため、核反応は化学反応とは本質的に大きく異なります。
(質量欠損、質量を無くす…。時間軸はだいぶ異なりますが、自分の体重を瞬時に軽くできる状態、ダイエットが瞬間的に起きたと考えると、何やらすごいことが起きている気がしますね。)
分裂しても融合しても質量が減って、その分がエネルギーに変わるって変じゃないと思う人もいるかもしれませんが、これはどちらも鉄(Fe)を境に逆転します。
つまり分裂も融合も鉄以降の元素を作る場合は、逆にエネルギーを消費してしまう反応になるのです。そのため星の核融合反応も鉄を作った段階で停止してしまいます。
核分裂反応の問題の1つは、燃料のウラン235自体が放射能を持つことです。
そしてもう1つの問題は制御が難しいという点です。
核分裂反応は、この反応によって生じる中性子がさらに連続的に核分裂反応を引き起こすため、反応を制御することが非常に難しいのです。
ただ、これはきっかけさえ作れれば簡単に反応を継続できることも意味するので、原子力発電のメリットでもあるのですが、原発が危険な原因にもなっているのです。
核分裂反応を制御できなくなるとチェルノブイリ(ロシア)や福島第一(日本)で起きたような極めて悲惨な事故を起こす危険性があります。
一方で、核融合反応の1つD-T反応では、燃料に重水素(D)と三重水素(T)を用いますが、これらは比較的安全です。
重水素に放射能はなく、三重水素はβ線を出す放射能を持っていますが、β線は空気中を5 mm進むだけでも止まってしまう為、持っている放射能は比較的弱いものであると言えます。
また、連鎖反応を起こす心配がないので、チェルノブイリや福島の原子炉の様に甚大な暴走事故を起こす心配がありません。
これが核融合反応のメリットでもありますが、同時になかなか核融合発電が実現できないデメリットでもあります。
核融合反応は核分裂反応に比べて、反応を継続させることがとても難しいのです。
最も引き起こしやすいと考えられている「D-T反応」であっても1億度以上の加熱が必要となります。
加熱され、「原子や中性子、電子といった粒子が途轍もない勢いで入り乱れた状態」=「プラズマ状態」を作り出すことでようやく反応を引き起こすことができます。
「核分裂反応」「核融合反応」で用いられる「反応」という言葉は、どちらも「途轍もない勢いで粒子をぶつけて、割ったり、くっつけて新しい粒子を生成する」といったイメージで捉えていただいて大丈夫です。
核融合反応の場合はこの「反応=粒子をくっつけて新しい粒子を生成する」が非常に起こしにくく、維持するのも一筋縄ではいかないのです。(割るよりくっつける方が難しいというのはなんとなくイメージできる問題でしょう)
このように、膨大な熱をもったプラズマを炉の中に閉じ込め、炉壁の材料が溶けてしまわない様に超伝導コイルによって磁場を加えて炉壁からプラズマを浮遊させた状態を維持して運転します。
そこから、核融合炉から熱を取り出すために、炉の外側には複数段階の熱交換器や冷却材を介して、ようやく熱を蒸気に変換して発電するプロセスに至ります。
加えて、核融合反応で生成される中性子は炉壁に衝突するとその材料を放射化してしまう可能性があり、核融合と言えど放射能の脅威は少なからず存在します。
したがって、核融合発電は引き起こすのも容易ではなく、運転を長時間維持するのも難しい為、実用化に至っていないのです。
核融合炉の壁面には多くのプラズマを保持する金属、熱を輸送する配管パーツがたくさん取り付けられている為、核融合炉の壁が放射能化してしまうと、炉のメンテナンスが困難になってしまいます。核融合反応とは言えど、放射能汚染の脅威に晒されます。
そこで、期待されているのが、核融合反応の生成物に放射能を持つ中性子が存在しない燃料、よりクリーンな核融合反応が可能であると期待されている「先進的核融合燃料」です。
今回、核融合科学研究所と(米)TAE Technologies社の研究グループはこの「先進的核融合燃料」である「軽水素とホウ素11」の核融合反応の実証に世界で初めて成功しました。
軽水素とホウ素11の核融合反応(p-11B反応)には核融合燃料の第1候補である重水素と三重水素(D-T反応)よりも極めて高い温度のプラズマが必要で実現が難しい反応と考えられています。
核融合科学研究所と(米)TAE Technologies社の研究グループはプラズマをより加熱するために、大型ヘリカル装置(LHD)を用いて、時速1500万kmを超える速さの軽水素をプラズマに入射する装置を独自に開発してきました。
また、高温プラズマを制御するために、プラズマにホウ素の粉末を振りかける装置を設置しました。
加えて、反応の実証に必要なヘリウムの検出にはTAE Technologies社が製作した検出器を用いることで達成し、小川准教授らによるヘリウムの軌道の数値シミュレーションで予測された通りの高エネルギーヘリウムの検出に成功したことで、「軽水素とホウ素11」の核融合反応が実証されました。
今回の成果によって、放射線リスクの極端に小さい非常にクリーンな核融合炉の研究がその一歩を踏み出したことになります。
さらに、実は軽水素とホウ素11の核融合反応のすごさはこれだけではありません。
核融合燃料の第1候補である重水素と三重水素(D-T反応)が最終的には蒸気タービンによる発電を計画しているのに対して、軽水素とホウ素11の核融合反応(p-11B反応)で生成される高エネルギーヘリウムイオンはα線であり、電荷を帯びています。
この荷電粒子を用いて直接電気エネルギーを取り出すことが可能です。
熱エネルギーへ変換し蒸気タービンを回す工程が必要なくなるので、電気へ変換する効率が格段に良くなることも期待されています。
核融合で電気を取り出せると言っても、結局、火力発電や原子力発電のように生成したエネルギーを用いて一度お湯を沸かして、その蒸気でタービン(モータ)を回して電気を得ているので、エネルギーのロスが大きく、残念ながら「SF感」も薄れてしまいます。
蒸気タービンに頼らなくても良いとは、まさにエネルギー革命!
時代が大きく変わる瞬間が訪れるかもしれません。
参考文献
先進的核融合燃料を使った核融合反応の実証- 中性子を生成しない軽水素ホウ素反応を利用したクリーンな核融合炉への第一歩 -TAE Technologies社との共同研究の成果 https://www.nifs.ac.jp/news/researches/230309-01.html 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 よくある質問 https://www.qst.go.jp/site/jt60/5248.html 先進燃料核融合研究の現状と展開(PDF) https://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2022_02/9802SPall.pdf 核融合炉からの熱の取り出し(PDF) https://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2017_04/jspf2017_04-196.pdf元論文
First measurements of p11B fusion in a magnetically confined plasma https://www.nature.com/articles/s41467-023-36655-1