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新型コロナウイルスの流行を契機に、日本でもフェイクニュースが大きな問題として取り扱われるようになってきました。
フェイクニュースは日本語では偽情報と訳すことが可能であり、偽情報の発信者は意図的に相手を騙し間違った情報を信じさせることを目的としています。
フェイクニュースが流される場面はさまざまであり、たとえば戦場では敵軍に偽情報を掴ませることで、自軍に有利に戦局を進めることが可能になります。
一方、平和な暮らしの中で流されるフェイクニュースは主にSNSや動画サイトを通じて経済的利益を得るためだったり、対立する候補の追い落としなど政治的利益を得るため、あるいは自らの宗教的信念を他者に強要しようとする手段として用いられます。
たとえば注射や輸血、手術など病院で行われる治療を宗教的に悪と考えている個人や団体がいた場合、その治療の安全性に関するフェイクニュースを流すことで、治療行為の拡大を妨害して、他人に自分の宗教理念に従った行動とらせることがあります。
そしてフェイクニュースの発信者は、自分の信念を他人に強要させたことで達成感や正義感を満足させます。
またフェイクニュースの拡散で注目を引くことができれば、自身が運営するブログで商品やメールマガジンを販売したり、動画サイトなどを通じて収益を得ることが可能になります。
またこれまで行われた複数の心理学研究により、常識とは異なる見解を強く主張する人物に対して人間は「しっかりとした考えを持つ人」という印象を受けてしまうことが知られています。
そのためフェイクニュースの発信源となることで、自分を崇める視聴者を形成し、自己満足に浸るといったケースもみられます。
このようにフェイクニュースの本質は「他者に偽情報を掴ませることで自らが利益や満足感を得る」という極めて収奪的なものとなっており、偽情報を信じた人々の多くは直接的な不利益を被ることになります。
そこで現在、世界中でフェイクニュースの嘘を暴くための検証記事を掲載する「ファクトチェックサイト(事実検証サイト)」が多く作られました。
また新型コロナウイルスのワクチン接種など人命がかかった問題では国家レベルで積極的な情報発信が行われ、正しい情報の共有が目指されました。
しかし現状はフェイクニュースの根絶とはほど遠い状態にあり、多くの人々がフェイクニュースを信じ続けています。
そこで今回、名古屋工業大らの研究チームは、誤情報を訂正する試みが社会で上手くいかない原因について調査を行ったのです。
ファクトチェックが上手く機能しない背景には、いったい何が潜んでいたのでしょうか?
なぜファクトチェックが十分な効果を得られないのか?
研究者たちが着目したのは「確証バイアス」と呼ばれる人間の心理傾向でした。
確証バイアスとは、「そうに違いない!」と思い込む人間の心理傾向を表す用語です。
私たちには自分の思い込みや願望を支えてくれる情報を探す一方で、そうでない情報については軽視したり無視したりする心理傾向があります。
わかりやすい例をあげれば、嫌いな国や政党に関する情報への接し方があげられます。
嫌いな国や政党などの組織がある場合、それらの組織が「負けた」「失敗した」「もう終わりだ」というニュースに人々はすぐに飛びつきます。
一方で嫌いな組織が「勝った」「成功した」「未来のリーダーになる」といったニュースが流れても、思い込みや願望が強いほど(バイアスが強いほど)その情報を見ようとしません。
身近な人に対する印象でも、この効果は発揮されます。例えば、一度周囲に「不真面目」「勤務態度が悪い」と評価されてしまった人は、遅刻や早退が平均より少なくても「多いに違いない」と思い込まれてしまいます。
すると遅刻や早退が少ないという単純な事実があっても、それが軽視されるか無視されることになるのです。
このように確証バイアスはどこにでも存在する、人間にとって普遍的な心理傾向となっており、フェイクニュースを信じてしまった人にも同様に働く可能性があります。
この問題を検証するために、今回研究チームは人々の「クリック行動」を調査することにしました。
かつては情報を得るために多くの労力が必要だったため、確証バイアスの影響は大きく出てしまいがちでした。
たとえばアメリカで共和党支持の人は、当然共和党寄りのテレビやラジオを見るので、裏でやっている民主党寄りのラジオやテレビ番組は録画でもしなければ見る機会がありませんでした。
民主党寄りの新聞や雑誌もお金を払って買わなければ、見る機会はありません。
つまり、実際にはさまざまな意見や考えを広く知りたいと思っていても、特定の情報だけに偏ってしまう状況が起こりがちでした。
対して現代では、ネットやスマホで暇つぶしをしているだけで大量の情報が無料で流れ込んできます。
現代の人々は真実を知りたいと考えていれば、いくらでも事実を検証して訂正することが可能な状況にあるはずです。
しかしいかに優れた検証記事であってもクリックされなければ、内容を伝えることはできません。
そのため、確証バイアスがフェイクニュースの訂正を妨げる要因となっているかどうかは、検証記事への「クリック行動」に集約して確認することができるのです。
そこで今回、名古屋大学の研究者たちは人々の「クリック行動」に着目し、確証バイアスがどう影響するかを調べることにしました。
調査に当たってはまず506人の参加者が集められ、ニュースサイトを用いて、新型コロナウイルス関連の話題に対して参加者それぞれがどのような内容を信じているかが調査されました。
結果、かなりの人々が何らかのフェイクニュースを信じていることが判明します。
次に研究者たちは、実験用のニュースサイトに参加者おのおのが信じているフェイクニュースの検証記事リンクを提示し、どれだけ検証記事がクリックされたかを調べました。
結果、検証記事を積極的にクリックするのは全体の57%のみであり残りの43%は検証記事のクリックを避け別の記事を選んでいたことが判明します。
さらに検証記事を避けがちな43%の人たちに着目してクリック記録を追跡すると、実際に自分の信念に反する検証記事をクリックしたひとはわずか7%しかいないことが判明します。
つまり自分の誤った信念を正してくれる「ドンピシャな検証記事」に気軽にクリックできる環境を用意しても、全体の40%にあたる参加者は実験終了まで検証記事にノータッチのままでした。
(※全体の43%のうちのさらに93%は39.999%となります)
この結果は、確証バイアスがクリック行動にも明確に作用しており、正しい情報を記載した検証記事が目の前にあったとしても、フェイクニュースを信じている人には届かないことを示します。
もしファクトチェックの効果を上手く引き出そうとするならば、この40%がどんな人なのかを知る必要があります。
そこで次に研究者たちはファクトチェックを行う可能性の低さが、どんな性格特性と連動しているかを調べることにしました。
すると、デタラメな情報を反射的に信じたり、デタラメな情報に奥深さを感じてしまう特性を持っている人ほど、自分の信念に反する検証記事に対して心を閉ざす(クリックしない)ことが明らかになりました。
このような性格特性を持つ人は「reflexive open-mindedness」と呼ばれ、分析的に考えることなく他人の主張を過度に信じ込む傾向があります。
(※「reflexive open-mindedness」を平易な日本語で表現すれば「反射的に広く受け入れる人」と言えるでしょう)
フェイクニュースを反射的に信じるならば、正しい検証記事の情報もすぐに信じてくれそうと思うかもしれません。
しかし、このような人たちは最初に目にした情報を強く信じ込み、以降それに反する情報を軽視するようになってしまうため、検証記事があってもスルーして情報の訂正を行わなくなってしまいます。
この特性を持つ人々は、最初に触れた情報を反射的に重要視するため、最初に正しい情報に触れれば、以降はそれを過剰に信じ込みがちです。
正しい情報を信じるならば問題はなさそうですが、いずれにしろ無批判・無分析で情報を受け入れてしまうため健全とは言い難い人たちです。
情報化された現代では、このような性格特性を持つ人はいったん信じ込めば検証記事にアクセスしようとしないため、フェイクニュースの発信者にとって最優先で狙う弱者となってしまいます。
ファクトチェックが上手く機能せずフェイクニュースの拡散が止まらないのは、最も救わなければならない弱者が最も救出困難であるからだと言えます。
目の前に真実があっても手が伸ばせない彼らを救うには、既存の事実をわかりやすく説明するだけでなく、もっと別のアプローチが必要になるでしょう。
参考文献
なぜひとは誤情報を信じ続けるのか? 訂正情報の効果を制限するオンライン行動の特徴を解明 https://www.nitech.ac.jp/news/press/2023/10402.html元論文
Who Does Not Benefit from Fact-checking Websites?: A Psychological Characteristic Predicts the Selective Avoidance of Clicking Uncongenial Facts https://dl.acm.org/doi/10.1145/3544548.3580826