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最高の舞台で思いもよらない失敗をする。
しかもそれが「実力を出し切れない」といった可愛いものではなく、練習中1度も失敗したことがなかった部分で起きてしまった。
悲しいことですが、似たような悲劇はオリンピックや国際コンクールのような世界的な大舞台から学校行事まで至るところに溢れています。
一方、歴史的には、このような悲劇は主に緊張などに対する「メンタルの弱さ(精神的問題)」が原因とされてきました。
そしてまたこうした失敗は、人間特有の現象であると一部の研究者たちは考えていました。
重要な場面で失敗してしまうのは練習の積み上げを打ち消すような強い精神的動揺が原因であり、そのような精神作用を起こすのは優れた脳を持つ人間だけだと考えられていたのです。
しかし、もし人間以外の動物でも「最も重要な瞬間」に失敗が起きるとしたら、原因は「精神」ではなく原始的な脳回路の配線にある可能性がでてきます。
実際、これまでの脳科学研究でも、人間と動物の脳は報酬や快楽に対して極めて似た反応をすることが知られいます。
そこでカーネギーメロン大学は2021年に行われた研究で、課題を成功させたときにサルに与える砂糖水の量を変更して、成功率にどんな影響が出るかを調べました。
課題は、上の図のように、画面に表示させたドットにタッチしながら指定された場所に運ぶという単純なものであり、成功すると報酬として提示されていた砂糖水が与えられます。
その結果は興味深いものでした。
報酬となる砂糖水の量が2倍、3倍と増えるごとにサルのパフォーマンスは増加していきます。
しかし10倍という莫大な砂糖水が提示されるとサルたちは一転して失敗を繰り返すようになりました。
たとえばアールと呼ばれたサルは課題に慣れているにもかかわらず11回のチャンスのうち11回全てで失敗しました。
この結果は、莫大な報酬が提示された「ここ一番の勝負所」という状況が、人間だけでなくサルたちの能力も著しく阻害したことを示しています。
そうなると気になるのが、脳内で何が起きているかです。
今回、同大学の研究者たちはサルの脳内に電極を刺し込み、同じ実験を行った場合に脳内で何が起きるのか反応を分析することにしました。
するとサルの運動皮質にある個々の細胞が報酬の量に敏感に反応し、より大きな報酬を提示されたときに、より強い信号を示すことが判明します。
またサルたちが課題を遂行する前に、サルたちの脳内では事前に運動計画が組み立てられていることが判明しました。
運動計画は特定の動作をする前に脳内で事前に組み立てられる神経パターンであり、行動の円滑化に必須と考えられています。
実際、サルたちの課題成績と運動計画の強さを比較すると、報酬が「小・中・大」と増えるにつれて運動計画の神経パターンも強くなっていきました。
しかし莫大な報酬を提示すると、運動計画の神経パターンが逆に低下していることが発見されました。
この結果は報酬信号の増加が運動計画を強くするものの、莫大な報酬は運動計画に悪影響を及ぼして崩壊させてしまうことを意味します。
また多すぎる報酬を提示されたサルたちが課題に失敗する様子を分析したところ、興味深い事実が判明しました。
課題が失敗する場合は、目標地点を通り過ぎてしまう場合と目標地点に届かない場合の2通りが存在しますが、莫大な報酬が提示されたときの失敗はほぼ全てが目標地点に届かないで終わる時間切れであることがわかりました。
この結果は、運動計画の崩壊によって、サルの動きから勢いが失われ、ある種の運動の萎縮を起こしている可能性を示します。
今回の研究により「最も重要な瞬間」に失敗するのは人間特有の高度な心の問題ではなく、莫大の報酬の感知によって運動計画が崩壊するという、脳回路の配線の問題であることが示されました。
研究ではこの問題が脳に起きる条件は、大きすぎる報酬が非常に稀に発生する場合としており、人間においては自分の価値を図られる大きな大会や、音楽コンクール、審査などがそれに当たると考えられます。
大きなプレッシャーのかかるシチュエーションで、運動に関する脳回路が問題を起こすその領域が特定されたことで、将来的には大きなプレッシャーのかかる本番で失敗しなくなる薬などを開発できる可能性も出てきました。
こうした薬がドーピング扱いされないのであれば、本番で練習成果が発揮できないという悲しい出来事は起きなくなるかもしれません。
元論文
A neural basis of choking under pressure https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2023.04.16.537007v1.full Monkeys exhibit a paradoxical decrease in performance in high-stakes scenarios https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2109643118