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全長は約10センチと小柄ですが、マジックハンド式の口先を駆使して小さな獲物を捕食したと見られます。
問題はその分類です。
タリーモンスターは既知のどの古生物とも似ていなかったせいで、分類は困難をきわめました。
研究者らは、タコやイカの軟体動物、ゴカイやミミズの環形動物、約5億年前のカンブリア紀にいたオパビニアなど、いくつかの種と近縁であると提唱しましたが、いずれも決定的な証拠に欠けています。
ところが2016年に入り、長らく軟体動物の線が濃厚だった中で「タリーモンスターは脊椎動物である」という説が発表されたのです。
この説は2016年に米イェール大学が、次いで2020年に米ウィスコンシン大学が発表し、かなり説得力のある仮説として注目されています。
根拠としては、それまで消化管と考えられていた薄色の帯に「脊索」の特徴が見てとれたことです。
脊索とはのちに「脊髄」になる神経を保護する器官で、脊椎動物の成長のごく初期に見られます。
他にも脊椎動物に似た脳、ヒレを支える構造、ヤツメウナギやヌタウナギと近い角質歯など、脊椎動物に見られる特徴がいくつも挙げられました。
この仮説を支持する研究報告は、当サイトでも2020年に取り上げています。
その一方で、タリーモンスターの化石に関する解釈を巡ってはいまだに論争が続いており、この説で決着が付いているわけではありませんでした。
そんな中、東京大学大学院の研究チームが新たに、脊椎動物説に反証する証拠を発見したのです。
研究チームは今回、タリーモンスターの正体に迫ることを目的に調査を開始。
日本国内の7つの博物館に保管されているタリーモンスターの化石(計153点)と、メゾンクリーク生物群のさまざまな動物化石(計75点)を詳しく調べました。
最初にレーザースキャナーで化石表面の3Dデータを分析したところ、脳や歯、ヒレを支える構造と目されていたものが、脊椎動物のそれらとは異なる特徴を持つことが分かったのです。
たとえば、脊椎動物は頭部にはっきりとした分節構造を持ちませんが、タリーモンスターの頭部(下の赤かっこ)には体幹部(白かっこ)から連続して分節構造がありました。
またこれまではタリーモンスターのヒレに、ヤツメウナギやヌタウナギを含む円口類と同じく、ヒレを支える構造があるとされていました。
ところが、よく分析すると、タリーモンスターにはヒレを支持する構造がないことが判明しています。
それからX線マイクロCTで歯を調べた結果、タリーモンスターの歯は、これまで知られていた「傘型」と新たに判明した「基部隆起型」の2タイプに分けられ、前者はアゴの下側に、後者はアゴの上側のみに生えていることが分かりました。
先行研究では、傘型の歯がヤツメウナギの持つ角質歯に似ていると指摘されていましたが、新たに見つかった基部隆起型は、ヤツメウナギを含む円口類には見られません。
以上をふまえて、タリーモンスターは脊椎動物には分類されず、ヤツメウナギと近縁ではないことが明らかになりました。
タリーモンスターの正体はまた謎に包まれたわけですが、チームは現在のところ「脊椎動物以外の脊索動物」の可能性を挙げています。
脊索動物とは、脊椎動物を含むより広い分類群のことです。
脊椎動物の中には、魚類や両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類が含まれますが、その以外の脊索動物としては、たとえば、尾索動物(ホヤ)や頭索動物(ナメクジウオ)がいます。
もしかしたらタリーモンスターはこれらと近い存在なのかもしれません。
今回の結果は、60年以上も続くタリーモンスターの正体を巡る議論をさらに白熱させること間違いなしでしょう。
参考文献
謎の古生物「タリーモンスター」、3D形態解析で脊椎動物説に反証 https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2023/8399/元論文
Three-dimensional anatomy of the Tully monster casts doubt on its presumed vertebrate affinities https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pala.12646