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しかしよりアクティブな仕組みで、外部のエネルギーを使用し着用者を加温・冷却するウェアラブルデバイスも登場しています。
スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のソフトトランスデューサー研究室に所属するハーバート・シェイ氏ら研究チームは、細いチューブで液体を循環させるウェアラブルデバイスを開発しました。
チューブは衣服に織り込めるため、体全体に温水・冷水を循環させて、体を即座に温めたり冷やしたりできます。
研究の詳細は、2023年3月30日付の科学誌『Science』に掲載されました。
目次
体を温めたり冷やしたりするウェアラブルデバイスは、これまでにも登場してきました。
例えば、バッテリー駆動の小型ファンが内蔵された「空調服」は、外部の空気を服の中に送り込めるため、いくらか涼しく感じられます。
しかし冷風を送り込めるわけではないため、気温が高ければ高いほど、ぬるい空気が体を通り抜けることになり、思った以上に涼しくなりません。
これには気体の熱伝導率が低いという特性も関係してきます。
またファンの重さや騒音が気になる人もいるでしょう。
対照的にヒーターユニットが付いた「電熱ベスト」なども既に存在します。
電気の力ですぐに温まるというメリットがありますが、基本手洗いのみであり、洗濯に手間がかかります。
また発熱効果が高いため微妙な温度調整が難しく、長時間の着用が難しい場合があります。
さらに電熱線の損傷により、衣服が焦げたり火傷を負ったりするなどの事故が生じるケースもあるようです。
従来の加温・冷却ウェアラブルデバイスは、まさに一長一短な性能なのです。
こうした背景にあって、シェイ氏ら研究チームは静かで軽く、洗濯もでき、しかも効率の良い加温・冷却ウェアラブルデバイスを開発することにしました。
研究チームが開発したウェアラブルデバイスは、簡単に言うと、「細いチューブを張り巡らした衣服」です。
そしてこのチューブの中に熱い液体や冷たい液体を通してポンプで循環させることで、効果的に体を温めたり、冷やしたりできるというのです。
これは車のラジエーターや、PCの水冷式クーラーと同じような仕組みのものです。
通常この手のシステムでは液体を循環させるために、重くて大きなポンプが必要になります。
非常に大きな音も出るため、ウェアラブルデバイスには全く向いていないはずです。
ところが新しく開発された「ファイバーポンプ」は、チューブの内壁に2つの螺旋状の電極が埋め込まれており、液体の分子をイオン化して加速させることができます。
これにより、従来の重くてうるさいポンプを用いずとも内部の液体を循環させられるのです。
このシステムは電気によって動作しますが、必要なバッテリーは手のひらサイズであり、無音・無振動で動作します。
銅線、ポリウレタン糸などの安価な素材で作られたチューブ1本の幅は約2mmとかなり細く、一般的な縫製技術で衣類に織り込むことが可能です。
全身にチューブが張り巡らされた衣類を作成して、内部の液体を循環させるなら、様々な応用が利きます。
例えば、液体を温めたり冷ましたりするデバイスや温度をコントロールするアルゴリズムを追加すれば、温水や低温の水を循環させて、体を温めたり冷ましたりできます。
液体は気体よりも熱伝導率が高いため、ファイバーポンプを使うなら従来の空調服よりも素早く体温を調節できます。
さらに気体で衣服が膨らんだりしないので、装着者の動きを阻害しません。
また流体の温度調節は容易なので、電熱ベストなどに比べて、快適に長時間着用できると考えられます。
電熱線を使用しないので、事故の心配もなく、熱すぎて着用季節が限定されることもありません。
しかも電熱ベストと違って、ファイバーポンプは通常の洗剤と洗濯機を用いて洗うことも可能です。
加えて、ファイバーポンプは温度調節以外の可能性も秘めています。
例えば、チューブ内の液体を移動させることで圧力を生じさせ、ファイバーポンプを水圧式の人工筋肉として用いることもできると考えられています。
これを利用するならリハビリや介護の分野で役立つ「軽量で快適な外骨格」が実現するのです。
さらにバーチャルリアリティの世界に温度を追加するVRデバイスとしても活用できるかもしれません。
全身を液体が巡る新しいポンプ型ウェアラブルデバイスは、現在もチームによって研究が続けられており、今後パフォーマンスがさらに向上する予定です。
参考文献
Thread-like pumps can be woven into clothes元論文
Fiber pumps for wearable fluidic systems