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この仕組みに再現し、すでにアメリカ食品医薬品局(FDA)から肥満治療薬として承認されているのが「リラグルチド(liraglutide)」です。
リラグルチドは、脳と膵臓にあるGLP-1の細胞受容体を活性化し、減量や糖尿病の治療で大きな成功を収めています。
しかしリラグルチドには、低血糖や胃腸障害、味覚・角膜障害といった深刻な副作用が多く、ドイル氏いわく「リラグルチドを使い始めた人の8〜9割は1年以内に使わなくなる」という。
そこでドイル氏とロス氏はこの欠点を克服すべく、1種類以上の腸内ホルモン受容体に働きかける別の治療薬を開発しました。
つまり、リラグルチドのようにGLP-1受容体のみを対象とするのではなく、GLP-1受容体と2つのPYY受容体を活性化する化合物を作製したのです。
この新たな化合物は「GEP44」と命名されました。
では、GEP44にはどれほどの効果があるのでしょうか?
実験では、肥満ラットを用いてGEP44を注射したところ、食事量を通常より最大80%も減少させることに成功しました。
そして16日間の試験終了時には、体重が平均12%減っていたのです。
これはリラグルチドを投与した肥満ラットの3倍以上の効果だといいます。
また重要な点として、リラグルチドとは対照的に、GEP44の投与では吐き気や嘔吐の副作用がまったく起きませんでした。
(ちなみにラットは嘔吐ができない動物であるため、この検証では代わりに嘔吐が可能なトガリネズミを用いています)
これについてドイル氏は「おそらく、複数の受容体を活性化したことで、副作用を引き起こす細胞内シグナル伝達経路が相殺されたためではないか」と推測します。
さらにGEP44は食事量の減少だけでなく、運動量や心拍数、体温の上昇といったエネルギー消費量の増加にも寄与することが分かりました。
投与するだけで脂肪燃焼の効果が得られたのです。
加えて、GEP44の体内での半減期(薬物濃度が半減するまでに要する時間)はわずか1時間程度でしたが、ドイル氏らは最近、より長い半減期を持つGEP44の設計に成功しました。
これにより、1日に何度も注射するのではなく、週に1〜2回だけ注射すればよいことになります。
GEP44の凄さはそれだけに留まりません。
調査の結果、GEP44を投与した肥満ラットは、グルコース(ブドウ糖)を筋肉組織の中に取り込み、燃料として使うことで血糖値を下げていることが判明しました。
それから膵臓にある特定の細胞をインスリン産生細胞に変え、糖尿病でダメージを受けた細胞の代わりをさせることでも血糖値を低下させていたのです。
つまり、GEP44は体重減少だけでなく糖尿病にも効果があると考えられます。
さらにダメ押しでもう一つ!
GEP44は肥満ラットにおいて、麻薬性鎮痛剤として知られる「オピオイド」への欲求まで抑えてくれることが分かりました。
もしこれが人体でも有効であれば、中毒患者が違法薬物をやめたり、再発を防いだりするのに役立つかもしれません。
チームは現在、GEP44の特許申請をしており、次のステップとしてヒトに近い霊長類を用いた臨床試験を予定しています。
その後、人体に対しても安全で副作用なく使用できることが確認されれば、肥満や糖尿病への画期的な治療薬となるでしょう。
こちらは研究チームが「アメリカ化学会 2023」で発表した内容の動画です。
参考文献
Obesity treatment could offer dramatic weight loss without surgery or nausea https://www.acs.org/pressroom/newsreleases/2023/march/obesity-treatment-could-offer-dramatic-weight-loss-without-surgery-or-nausea.html