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日常生活からスポーツレジャーに至るまで、筋肉は運動のために大量のエネルギーを消費しています。
このエネルギーは主に細胞内に存在するミトコンドリアによって生産されています。
ミトコンドリアは「細胞の発電所」とも呼べる役割を担っており、生命活動に必須な電子の流れを供給しています。
中学校や高校で習う生命のエネルギー代謝は、食べ物から摂取された栄養素を酸素を使って「燃やす」ことでエネルギーを取り出していると解釈されます。
しかし呼吸を電子の受け渡しという観点からみると、呼吸は糖などから電子を取り出して化学エネルギーに変換した後、使い終わった電子を酸素へ捨てる過程とみることができます。
(※余剰電子を受け渡された酸素原子は炭素と一緒に二酸化炭素となって体から吐き出されます。そのため酸素呼吸する生命は電子を供給する電極を食べ物に、電子を排出する電極を酸素(大気)に接続した電子回路とみなすことも可能です)
生命活動は一見すると非常に複雑な存在に思えますが、基本となる駆動力は家電製品と同じように電子の流れ(電流)によってもたらされているのです。
そのため細胞内部のミトコンドリア数を増やしたり、1つ1つのミトコンドリアのエネルギー生産能力を増強することは、発電所の数や質を高めるのと同じように、筋肉の能力を高めることにつながります。
一方、超高齢化社会のなかにおいて、加齢にともなう筋力低下は身体機能の低下とかかわる健康障害に結びついており、生活の質(QOL)の低下や死亡リスクなどにも直接的な影響をもたらしています。
東京都健康長寿医療センター研究所の研究者たちは以前から、ミトコンドリアのエネルギー生産能力と筋力に与える影響について研究を続けていました。
筋細胞にあるミトコンドリアのエネルギー生産能力を強化できれば、筋力の機能を増強し、多くの高齢者たちを身体的衰弱から救うことも可能になるからです。
そこで研究者たちが注目したのは、ミトコンドリアの発電システムでした。
ミトコンドリア内部には複合体と呼ばれる複数のタンパク質が結合したものが5種類(複合体Ⅰ~複合体Ⅴ)が存在しており、さらに複合体同士が結合して「ミトコンドリア超複合体」を構成しています。
最近の研究により、この複合体のうちの3種類(複合体Ⅰ、Ⅲ、Ⅳ)がさらに結合しミトコンドリア超複合体を形成すると、より多くのエネルギーを生産可能になることが明らかになっています。
つまり、もしなんらかの方法でミトコンドリア超複合体を沢山作ることができれば、筋細胞のエネルギー生産効率を改善し、筋肉の性能を向上させられます。
より簡単にたとえるならば、しばしばゲームなどに登場する「スタミナ増強剤」を現実世界でも実現できる可能性があるのです。
しかしスタミナ増強剤を実現するには1つ、大きな問題がありました。
マウスに対してさまざまな薬剤を投与し、筋力やスタミナなどの増強効果を調べる研究は古くから行われています。
しかしこの方法は増強効果がある薬物を網羅的に発見できるという強みがありますが、薬物がどんな仕組みで増強効果を発揮させているのかはわかりません。
ミトコンドリア超複合体が筋肉にプラスの効果を与える様子を確かめるにはミトコンドリア複合体の数が増えていることを実際に可視化(見える化)して調べることが重要になっています。
そこで今回、東京都健康長寿医療センター研究所の研究者たちは、上の図のように、ミトコンドリア超複合体を構成する複合体Ⅰと複合体Ⅳにそれぞれ緑色と赤色の蛍光タンパク質を連結したマウス由来の筋肉細胞を作成しました。
この細胞では、複合体Ⅰと複合体Ⅳが距離的に離れている場合にはそれぞれ単色で光るだけです。
(※緑色で蛍光刺激すると複合体Ⅰの場所だけが緑色に輝き、赤色で蛍光刺激すると複合体Ⅳの場所だけが赤色に輝きます)
しかしミトコンドリア超複合体が形成され複合体Ⅰと複合体Ⅳが接近すると、緑色と赤色のタンパク質の間でエネルギーの移行が起こり、緑色で蛍光刺激すると赤色が光るようになります。
つまり緑色の蛍光刺激で赤色に光っている場所を数えれば、ミトコンドリア超複合体ができている位置を特定(見える化)できるのです。
ミトコンドリア超複合体を見える化する準備が整うと、次に研究者たちは、マウスたちの筋肉細胞に1000種類以上のさまざまな薬物を加えて、ミトコンドリア超複合体が実際に増えているかを調べました。
すると、リン酸化酵素の1種であるSYK阻害剤(脾臓チロシンキナーゼ)と呼ばれる薬剤を加えたときに、ミトコンドリア超複合体が有意に増加していることが判明。
また似た効果のある他の2種類の薬物を筋肉細胞に与えた場合にも、同様に細胞内でミトコンドリア複合体が増加していることが明らかになりました。
しかし細胞レベルでの変化が実際の体でも起こるとは限りません。
そこで研究者たちは3種類のSYK阻害剤を生後2か月のマウスの腹腔に注射してみることにしました。
すると、薬物を投与されたマウスたちは「ワイヤーハングテスト(ぶら下がりテスト)」や「トレッドミルテスト(走行テスト)」の成績が大きく伸びていることが判明します。
この結果は、薬物の投与(SYK阻害)によって筋肉細胞内部でミトコンドリア超複合体が増えたことで、筋肉の持久力が向上している(マラソンランナー型にする)ことを示します。
また薬物を投与されたマウスたちの全身の筋肉量を調べたところ、筋肉の総量が増えていないことが判明しました。
このことは、SYK阻害剤による持久力の向上は筋肉の量的な向上ではなく、質的な向上によってもたらされていることを示します。
もし人間でも同じような薬物で筋肉機能を向上させることができれば、加齢にともなう筋力の低下や筋疾患などの治療薬として応用することが可能になり、国民全体の健康寿命の延長や生活の質(QOL)の向上にも役立つでしょう。
参考文献
<プレスリリース>「ミトコンドリア超複合体の見える化から 動物をマラソンランナー型にする新しい薬物を発見」 https://www.tmghig.jp/research/release/2023/0125.html元論文
A FRET-based respirasome assembly screen identifies spleen tyrosine kinase as a target to improve muscle mitochondrial respiration and exercise performance in mice https://www.nature.com/articles/s41467-023-35865-x