AIには人類が知覚できない「何か」が見えているようです。


米コロンビア大学(Columbia University)による2022年の研究で、AIに物理法則を学習させ、それを表現するために必要な「変数」の数を考えさせたところ、現在の人類には理解できない要素が含まれることが示されました。


ありふれた振り子運動や回転運動でも、AIは人類とは異なる独自の変数を用いて物理法則を理解し、正確な運動予測まで成功させていたのです。


研究者たちは、AIは人類がまだ発見できていない未知の方程式と「変数」を用いて、物体の運動法則を理解している可能性があると述べています。


もし研究者たちの予測が正しければ、振り子運動や円運動などには誰も知らない「裏の方程式」が存在しているのかもしれません。


研究の詳細は2022年7月25日付で科学雑誌『Nature Computational Science』に掲載されています。




目次



  • AIは人類が知覚できない「物理変数」を認識している
  • 未知の運動でもAIは変数を認識できた
  • ありふれた物理法則の「裏の顔」が明らかになる

AIは人類が知覚できない「物理変数」を認識している


ニュートンの運動方程式は3個の変数から成る / Credit:Columbia University . Columbia Engineering Roboticists Discover Alternative Physics

私たちが良く知るニュートンの運動方程式は「力=質量×加速度」と3種類の変数で記述することができます。


ニュートンは偉大な科学者でしたが、運動方程式を完成させるには前段階として「力」「質量」「加速度」という3種類の変数を認識する必要がありました。


かの有名なアインシュタインも、エネルギーや質量といった変数を認識しないままでは、相対性理論を作り上げることはできなかったでしょう。


このように、人類が物理法則を発見するには、方程式に用いられる変数の概念が前もって必須となっています。


新しい変数の発見や認識は、人類の科学進歩に不可欠なものと言えるでしょう。


しかし、これまで人類によって発見されてきた変数やそれを用いた方程式は、基本的に人類の認知能力に依存して作成されたものであり、唯一無二と言えるかは微妙です。


この宇宙に現在の人類の知識では認知できないような「変数」が隠れて存在している場合、ありふれた運動方程式すら全く知らない「裏の顔」を持っている可能性があるからです。


そこでコロンビア大学の研究者たちは2022年に、AI(人工知能)に対して、事前の知識なしにさまざまな物体の運動を使って物理法則を学習させ、その物理法則を説明する最小限の「変数」の数を調べることにしました。


二重振り子は2本の腕がつながっている / Credit:Columbia University . Columbia Engineering Roboticists Discover Alternative Physics

調査にあたってはまず上のような、二重振り子運動を含め、すでに知られている物理運動をAIに観察してもらいました。


二重振り子では、2本の腕が連結され、上の腕と下の腕には連結部がもうけられます。


これまでの知識では、二重振り子運動は上腕と下腕の角度や角速度など4個の変数を持つことが知られています。


しかしAIに運動法則を学習させたところ「4.7個」と微妙に異なる結果が得られました。


人類側が用意した模範解答「4」とは異なる答えです。


左:現実での二重振り子の動き、右:AIが認識する変数によってシミュレートされた二重振り子の動き。怖いまでに一致している / Credit:Columbia University . Columbia Engineering Roboticists Discover Alternative Physics

しかし上の動画でもわかるように、AIはこの「4.7個」の変数を用いた物理法則を利用して、二重振り子運動をほぼ現実と同じようにシミュレートすることができました。


つまり変数の数は異なっても、AIがその疑似神経系(脳)の中に確立した物理法則は、現実と遜色なく機能する法則だったのです


そうなると気になるのが「AIが認識した変数がどんなものなのか?」です。


研究者たちはさっそく、AIが認識した変数の視覚化を試みました。


すると、驚きの事実が判明します。


人類が知る二重振り子運動の変数は上腕と下腕の角度や角速度など4個の明確に定義されたものになります。


しかしAIの認識した変数を視覚化したところ、変数の2つは腕の角度に大まかに対応しているように見えましたが、残りの2つは謎でした。


そこで研究者たちは、この謎の2変数の正体を調べるため、運動エネルギー・位置エネルギー・角速度・線形速度など人類が知り得る限りのさまざまな物理量を当てはめ、相関関係があるかを調べました。


しかし、完全に一致するものは何もありませんでした。


研究ではさまざまな運動パターンが試された / Credit:Columbia University . Columbia Engineering Roboticists Discover Alternative Physics

また同様の結果は上の図のような「単純な円運動」「渦巻運動」「単純な振り子運動」「スイングする棒の運動」「伸び縮みする腕で作られた二重振り子運動」など、人類にとってすでに解明済みと考えられていた他の運動法則にも当てはまりました。


例えば円運動の場合、人類は半径と角速度の2個の変数で理解するがAIはそれよりも若干多い / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

この結果は、AIが人類が運動法則を理解するにあたって使っている物理量以外の「何か」を変数として利用して、さまざまな独自の物理法則を成り立たせている可能性を示します。


研究者たちは、現状ではAIだけが認識できる変数から構築される物理学を「代替物理学(Alternative Physics)」と呼んでいるようです。


ですが、より興味深い結果は人類がまだ知らない運動法則を学習させることで明らかになりました。


未知の運動でもAIは変数を認識できた


左:空気で踊る人形型チューブ、真ん中:ゴムボールを浮かべたラバーライト、右:炎 / Credit:Columbia University . Columbia Engineering Roboticists Discover Alternative Physics

未知の運動にAIはどんな法則を見出したのか?


答えを得るため、研究者たちは上の図のような「空気圧で踊る人形」「ラバーライト」「炎の揺らめき」など、人類がまだ知らない(気にも留めなかった)運動法則をAIに学習させ、変数を求めさせました。


結果、AIは「空気圧で踊る人形」には約8個、「ラバーライト」にも約8個、そして「炎の揺らめき」には約24個の変数を使った法則を見出していることが判明します。


またAIが構築した法則を用いてそれぞれの運動をシミュレートしたところ、かなり正確な予測が得られることが判明します。


AIが認識する変数をもとにシミュレートされた炎は現実と同じような挙動をみせる / Credit:Columbia University . Columbia Engineering Roboticists Discover Alternative Physics

たとえば上の図では、AIの認識した変数を使って、現実の炎の揺らめきによく似た動きを辿れることを示しています。


この結果は、AIが認識した変数が決していい加減なものではなく、現実の物理現象を高い精度で再現できる意味のある数値である可能性を示します。


また既知の運動においてAIが予測した変数は人類の知る変数の個数と近似していることから、「空気圧で踊る人形」「ラバーライト」「炎の揺らめき」の運動法則の変数も、人類が認識できる変数の数に近いと推測されます。


ではAIの認識した変数が本当に意味のあるものならば、人類にとってどんな恩恵があるのでしょうか?


この疑問に対して研究者たちは「AIの認識した変数を理解することができれば、既存の方程式をより効率的なものに塗り替えられる」と述べています。


研究者たちは、現在の人類が使用している方程式の多くは効率的とは言えない変数を用いている可能性があり、いくつかの物理現象の理解に苦労する原因になっていると考えているようです。


ありふれた物理法則の「裏の顔」が明らかになる


この研究によって、私たち人類が唯一無二と信じていたいくつかの物理法則が、複数の表現方法の1つでしかない可能性が示されました。


研究者たちは、もし知的なエイリアンがいたら、彼らは私たちと異なる概念に基づく変数を用いて、異なる物理法則の表現をしている可能性があると述べています。


また今回の研究に用いられた手法は、単純な物体の運動だけでなく他のあらゆる種類のデータソースにも適用できるとのこと。


そのため新たなAIは、未知の物理現象の解明にも役立つ可能性があります。


AIが人間に認識できない変数を見つけて新たな物理法則を発見するようになれば、ノーベル物理学賞はAIに総なめされるかも? / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

これまで開発された「物理現象を自力で発見するAI」の多くは、変数そのものが事前に設定されているときのみ、観測結果から物理法則を抽出できるタイプであるため、変数そのものが不明な未知の物理現象に対しては十分に働かない可能性がありました。


しかし観察結果から変数そのものを自力で検出できるAIがあれば、人間の科学者の理解を助ける有用なツールとなると考えられます。


研究者たちはこの結果を受けて、AIにより認識された変数と既知の物理量で表現するための別のAIを開発していくとのこと。


もしかしたら100年後の未来には、ノーベル賞がAI搭載のロボットに総なめされているかもしれませんね。


※この記事は2022年7月に掲載したものを再編集してお送りしています。


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参考文献

Columbia Engineering Roboticists Discover Alternative Physics
https://www.engineering.columbia.edu/news/lipson-chen-ai-alternative-physics

元論文

Automated discovery of fundamental variables hidden in experimental data
https://doi.org/10.1038/s43588-022-00281-6

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 AIに物理法則を学習させたら「未知の物理変数」で現象を表現する!