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彼らは毛穴の中の細胞から分泌される皮脂を唯一の食料源とし、約2週間の寿命の大半を食事に費やします。
D. フォリクロルムが毛穴から出てくるのは夜間のみで、その間に皮膚上をゆっくりと歩きながらパートナーを探し、交尾を済ませて、暗いうちに再び毛穴に戻ります。
レディング大学の研究チームは2022年に、世界初となるD. フォリクロルムのゲノム解読を実施しました。
その結果、この奇妙なライフサイクルを可能にしている遺伝的特性の数々が初めて明らかにされています。
まず、D. フォリクロルムのゲノムは近縁種と比べて最も少なく、必要最低限のものだけに絞られていました。
彼らの脚はたった3つの細胞によって動かされ、体内のタンパク質も生存において必要最低限な量しかありませんでした。
これはヒトの皮膚上に天敵や競争相手がおらず、種として孤立状態にあるため、使わなくなった機能を切り捨てたためと考えられます。
さらに顔ダニに見られる他の特性も、この遺伝子の切り捨てが原因です。
例えば、夜間しか姿を現さないのは、失われた遺伝子の中に、紫外線から身を守るための遺伝子や、日中に生物を覚醒させるための遺伝子が含まれていたからです。
夜しか動かないのであれば、そうした遺伝子も必要ありません。
こちらはD. フォリクロルムが小さな脚を使って歩く様子を顕微鏡下で見たものです。
※ 音量に注意してご視聴ください。
さらに、ほとんどの生物が持っている「メラトニン」というホルモンも作れなくなっていました。
メラトニンの機能は多種多様で、ヒトでは睡眠サイクルや体内時計を調節する働きがあり、小型の無脊椎動物では運動や生殖を誘発する働きがあります。
これに従えば、D. フォリクロルムも運動や生殖ができないはずですが、彼らは自分で作れない代わりに、夕暮れ時にヒトの皮膚から分泌されるメラトニンを摂取していたのです。
このおかげで夜間に毛穴から出て、せっせと交尾に励むことができたのでした。
それでも、潜在的な遺伝子プールが非常に小さいことに変わりはなく、種の遺伝的多様性を拡大するチャンスもありません。
これはD. フォリクロルムが進化の行き詰まりを迎え、絶滅の途上にあることを示唆します。
そこで彼らが取った手段は「ヒトへの外部寄生から内部共生に切り替える」という新たな進化の道でした。
興味深いことにチームのゲノム解読から、D. フォリクロルムの細胞数は「幼虫と成虫の中間時期」に最も多くなることが判明しました。
普通、生物は成長するごとに細胞数を増やしますが、彼らは中間期を境に、大人になるにつれて細胞数を減らしていたのです。
チームによると、これは「D. フォリクロルムがヒトに内部共生するための進化の一段階である」と指摘します。
しかしダニが内部共生することで、人体に害はないのでしょうか?
これまでの研究で、この種のダニには「肛門」がないため、一生(約2週間)を通じてフンを体内に溜め込み、死ぬときにそれを一挙に放出して、皮膚に炎症を起こしている、と指摘されていました。
ところが今回、D. フォリクロルムを顕微鏡でつぶさに調べたところ、初めて「肛門」が見つかったのです。
つまり、D. フォリクロルムは、肛門を通してちょっとずつ排便することで、従来考えられていたよりは、私たちの皮膚上に害のないように振る舞っていると見られます。
もしかしたらこれもD. フォリクロルムがヒトとの内部共生の前準備として進化させた比較的最近の生態なのかもしれません。
顔にダニが住んでいることを想像するだけで、不気味なことは確かです。
しかし特にイタズラもしませんし、彼らを顔の上で絶滅から守ってあげていると考えれば、そんなに悪い気もしないのではないでしょうか…?
※この記事は2022年6月に掲載したものを再編集してお送りしています。
参考文献
Skin Mites That Mate on Our Faces at Night Are Slowly Merging With Humans
https://www.sciencealert.com/skin-mites-that-mate-on-our-faces-at-night-may-soon-become-one-with-humans
The secret lives of mites in the skin of our faces
https://www.reading.ac.uk/news/2022/Research-News/Secret-lives-of-skin-mites-in-our-faces
元論文
Human follicular mites: Ectoparasites becoming symbionts
https://doi.org/10.1093/molbev/msac125
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。