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私たち人間と他の動物を隔てる大きな要因として、言語の他に数学的な能力があります。
カラスなどの比較的賢いとされる動物であっても、数えられるの数の限界は「4」までです。
一方、人間は時間さえあれば1億でも10億でも数えることが可能です。
しかしこれは本当に、人間が1億や10億という数を認識していると言えるのでしょうか?
過去の研究では人間が大きな数を実際には「認識していない」ことが明らかになっています。
人間にとって1億や10億は0と同じく概念としてのみ存在する数であり、認識しているというよりは1億や10億という概念や言葉を「知っている」に過ぎないのです。
また12のようなかなり小さな数字であっても、私たちは3が4個あるいは4が3個という片手の指以下の数字の組み合わせで「認識」しがちです。
さらに7のような1ケタの数に対しても、3と4を足したもの、9も3が3つとして「認識」する人が多いでしょう。
漢数字もローマ数字も4になるとガラリと表記が変わり、サイコロの目も4から5にかけて点の数よりも図形としての認識を促す配置になっています。
小学生で習う九九ではより大きな数の掛け算を扱いますが、九九はあくまで言語的な暗記であり直感的な数の理解とは異なります。
過去に行われた子供たちが数を認識する過程の研究でも、興味深い結果が出ています。
子供たちは最初に1を理解し、次いで2、3、4を直感的に理解するようになります。
しかし5を学習した瞬間、6や7だけでなく、それ以降の名前がついた数字を一瞬で理解するようになるのです。
またニカラグアで行われた研究では、一部の先天性聴覚障がい者たちは4より大きな数字を表現できないことが示されました。
数を言語の形で耳から学習することができず教育も不十分な場合、4を超える数の認識にも大きな困難があったようです。
さらに近代的な教育が行われていないピラーア族とムンドゥルク族の成人で石を扱うテストを行ったところ、扱う石の数が4個を超えると不正確さが増すことが示されています。
この結果は、「1から4」までと「5以降の数字」では、本質的に異なる認知が働いていることを示しています。
つまり「1から4」までは本能で数え、「5以降」は言語的な知識で数えている可能性があるのです。
しかし、これまでの研究では、数を数える能力の測定方法が多種多様であり、その方法も必ずしも適切ではありませんでした。
そこで今回MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究者たちは極めて簡素かつ強力な説得力を持つ数を数える能力の測定方法を実施することにしました。
MITの研究者たちが行った調査方法は上の図のように「縦に並べたボタンと同じ数の石を横に並べる」というものでした。
なんでもない作業のように思えますが、実際は違います。
縦に並べたボタンと同じ数の石を横に並べるには、縦に並んだボタンを一度脳内で「数」に変換する情報処理が必要だからです。
研究者たちはこのテストを、アマゾンの奥地に住むチマネ族の人々に行ってもらいました。
チマネの人々の教育水準は限定的であり、知っている「数字の名詞」の限界値は個人によってバラバラになっています。
そこで研究者たちは知っている「数の名詞」の限界が6~20までの人々15人(低カウント能力者)を特定して、石を並べる実験を行ってもらいました。
結果、正確な数の石を並べられる能力は知っている「数の名詞」に大きく依存しており、石を並べる正確さは知っている数字の限界値より「やや低い」ことが判明します。
例えば10までの数字の名前しかしらない人の場合、正確に並べられる石の数は8個程度となっており、15までの数字の名前を知っている人は扱う石が13個程度になると間違いを犯すようになりました。
つまり10までしか数字の名前を知らない人にとって8は既にいわゆる「たくさん」となって近似値(だいたい)で表現する対象となっており、15までの数字しか知らない人は13個あたりからが「たくさん」となって正確さが失われていたのです。
また実験に協力してもらった低カウント能力者たちの全体的な成績を分析すると、間違いが「4~5」あたりから増え始め、扱うボタンと石の量が増えるにつれ、間違いの幅も大きくなっていくことが判明しました。
この結果は、「数字」をほとんど知らない人たちにとって、「5」という数が最初の壁になっていることを示します。
今回の研究により、数を扱った作業には「数字」を示す言語が必要であることが示されました。
人間が無教育のままで精神的に認識できる数はカラスと同じ「4」が限界であり、「5」や「6」でさえ該当する名詞(数字)などの独自の表現方法が必要だったのです。
また数に関する作業の正確さが、知っている「数字」の限界値よりも低い理由として、研究者たちは使用頻度や学習頻度をあげています。
数を読み上げる練習や実生活の舞台では、小さい数ほど使用頻度が高くなるため、数に対する慣れにバラつきが出る可能性があると考えられます。
近年の研究では、ハチなどの無脊椎動物も「4」までは数える能力があることが報告されており、「4」という限界値は脳の大きさによらずヒト・カラス・昆虫など幅広い動物で共通している可能性が指摘されています。
現在のところなぜ「4」が限界値となっているかは、詳しくわかっていません。
ただ「4」が認識できれば、木の実を石で砕くことは容易になるでしょう。
石を使って木の実を砕くには、自分の手・手に持った石・木の実・土台の石の4要素の理解が要求されるからです。
研究者たちは今後も数値認知における言語などが果たす役割を調べることで、人間の認知能力の不思議を解き明かしていく予定です。
※この記事は2022年2月公開のものを再掲載しています。
元論文
Exact Number Concepts Are Limited to the Verbal Count Range
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/09567976211034502
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。