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作家・ななせさんが綴る京都の素敵な本屋さん「恵文社」




はじめに


京都に住んでいたことがあり、京都に精通している作家・ななせさんのフォトエッセイ。「世界で最も美しい本屋10」に日本で唯一選ばれた「恵文社一乗寺店」をご紹介。

Text:ななせ

一乗寺に住んでいました、と言うと、大抵は「ああ、あのラーメンの有名なところ」というような言葉が返ってきて、その濃厚なスープとか、具が山のように盛られている個性的なメニューの話題に終始してしまうことが多いのだけれど、私にとって一乗寺は、恵文社の印象がとても強い。
恵文社とは、イギリスの新聞社ガーディアン紙が発表した「世界で最も美しい本屋10」に日本で唯一選ばれた、知る人ぞ知るおしゃれな本屋だ。「けいぶん社」という丸い文字で描かれた看板や、煉瓦造りの外壁、そしてそばにそっと添えられた植物が素敵で、その外観を見るだけでも心が震える。当時住んでいたマンションから徒歩5分ほどという場所にあったため、若さに甘えてお化粧をせず、踊るように部屋を飛び出しては、わくわくしながら店の扉を叩いたものだった。

恵文社は、“本にまつわるあれこれのセレクトショップ”。流行りの本や新しい本だけではなくて、他の本屋では手に入らないような、ニッチな本がたくさんそろっているのが最大の魅力。

併設されているギャラリー「アンフェール」では、ひものの一筆箋や図書室の貸出カード風のメモ帳など個性的な文具が置かれているほか、地元の学生やお店といったさまざまな個展が開催されているし、「生活館」と呼ばれるフロアでは、衣食住にまつわる書籍と、生活雑貨まで置かれているとくれば、本に興味がない人でも、一度は訪れたくなるだろう。
見たこともないような雰囲気の絵本を開いたり、若きクリエイターの未来溢れる作品を眺めたり。使い道を悩むのがまた楽しい小さな黒板消しや、素敵な文章が添えられた絵葉書。おいしそうなクッキーや、あたたかみのある生地の衣類。次から次へと興味を奪われるから、いつの間にか日が暮れていた、なんてことも日常茶飯事。いつかここで個展を開けたらなぁ、なんて妄想をすることも度々あった。

何時間いても飽きることはない。何度訪れても、満足することは決してない。ああ、こんなおもしろい本があったんだ、とか、こんなにふしぎな雑貨が売っていたのね、と、発見は尽きることがなくて、だからこそ私はいつも、遠足に行く子供のような気持ちを携えて、恵文社に足を運んでいた。

大学を卒業した今でも、あの時の気持ちをふと思い出す。社会人になったら、よほどお目当てのものがない限り、ふらりと本屋に立ち寄って、何時間も入り浸ることは少なくなってしまった。そんな今でも、恵文社だけは違う。仲のいい友人を連れていったり、近くに行く時は必ず立ち寄ったりと、特に理由がなくても訪れてしまう。少しでも、心に余裕を。何時間も本を眺め、妄想に耽り、おかしな文具にくすっと笑う。そんな出来事を、何度でも体験したいと思うのだ。
好奇心と遊び心が、昨日と色違いの今日を作る。引きこもっているだけでは得ることのできない、海のようにたゆたう時間に身を浸し、贅沢を体の中に取り入れる。
あと少し、もう少し。そう思っているうちにいつの間にか時が流れて、店から出た時には西の空が赤く染まる。その夕焼けを映したみたいに、どこもかしこもきらきら、きらきら。

私にとっての恵文社は、青春のきらめき。大人になり、京都を離れた今でも恋い焦がれる、お気に入りの場所なのだ。


◆恵文社一乗寺店
住所:京都府京都市左京区一乗寺払殿町10
電話:075-711-5919
営業時間:10:00~21:00(年末年始を除く)
営業日:年中無休(元日を除く)

◆ななせ/七瀬あきら
3月30日生まれ、愛知県出身。京都大学文学部人文学科 国語学国文学専修。第29回新風舎小説出版賞奨励賞受賞。好きな作家は、太宰治、夢野久作、桜庭一樹、高村光太郎。主な作品として、長編小説「リリィ・ローズの花言葉」、現在WEBサイトにて連載中の「夢と知りせば」などがある。そのほか誌面やCMなどでモデルとしても活躍している。

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