アルピーヌA110のチーフ・ビークル・エンジニアを務めるジャン-パスカル・ドース氏にインタビューを行う機会を得た。エンジニアひと筋で経験を積み、ルノーのモータースポーツ活動の陣頭指揮を執ってきた男が、伝統のネーミングの復活に賭けた想いとは? 生粋のアルピーヌ・エンスージアストでもある彼に、A110の開発秘話を聞く。



REPORT●小泉建治(KOIZUMI Kenji)

PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)

軽さの追求には妥協を許さなかった

───最初にアルピーヌA110の復活を聞かされたときはどんな思いでしたか?



ジャン-パスカル・ドゥース(以下JPD):万感の思いとでも言えばいいでしょうか? ずっと心の奥に燻っていた夢でしたからね。会社からはプロジェクト・リーダーとエンジニア・リーダーの兼任をオファーされたのですが、常識ではひとりがやるなんて考えられません。「これは大変になことになる。兼任なんて無理だ」と考えたのは1秒くらいかな(笑)。2秒後には、すぐに快諾しました。

───伝統のネーミングを復活させるに当たって、「これだけは守ろう」と決めたことはありましたか?



JPD:軽量であるということです。現在のレギュレーションのもとでは、ちょっとでも油断するとすぐにボディは重くなってしまいます。ですから妥協は許されませんでした。「あれをやっておけばよかった」という後悔はしたくなかったのです。その点、ルノーよりもアルピーヌのほうがコストの制約は緩くなります。アルミニウムやカーボンなど、必要とあれば妥協せずに採用しました。



 もちろん際限なく使えるわけではありませんが、そこでかつて私がコンペティション部門のカスタマー向けマシン開発を手掛けていた経験が役に立ちました。コンペティション車両は当然ながら速さを追求しなければなりませんが、カスタマーの事情に見合ったコストに抑えることも必要です。A110のようなスポーツカーの開発も、それに似たところがあるのです。

───新型A110を試乗させてもらったのですが、ステアリングの操作に対して敏感に旋回力が立ち上がる一方、限界域ではコントロールの時間を与えてくれる懐の深さもあります。この絶妙なハンドリングはどのようにして生み出されたのでしょうか?



JPD:まず、初代A110の美点であった「ステアリングの正確性」と「リヤのブレークのコントロールしやすさ」を最優先課題として取り組みました。



 どうやって実現したのかはここで言葉で説明することはとても難しいのですが、とにかく徹底して軽量化させたことが、セッティングの余地を広げてくれたことは確かでしょうね。重くてパワフルなクルマはセッティングの幅が狭くなるものだし、結局は電子制御に頼ることになる。速いけれど面白くない……そして限界域では自分ではどうしようもない……そんなクルマをおそらくあなたも何度も経験しているでしょう?



 また、ミシュランとの共同開発が大きく寄与しているのも事実です。彼らが提供してくれたタイヤはグリップ、コントロール性、そしてインフォメーション性、どれを取っても完璧でした。

今後のエボリューションモデルの追加はある?

───今後、エボリューションモデルの追加などの予定はあるのでしょうか?



JPD:答えられないとわかっていながら聞いていますよね(笑)? もちろんモデルサイクルの中で、バリエーションを増やしていく必要はあるでしょう。これはあくまで個人的な考えですが、私はパワーの向上ではなく、さらなる軽量化の方向が好ましいと考えています。今でも十分に軽量なのですが、サーキットに特化してストイックな仕様にするというのはアリだと考えています。ただ現時点では、カスタマーからそういう要望は上がっていません。

───MTの追加はあるのでしょうか?



JPD:よく聞いてくれました(笑)。結論から言えばノーなのですが、ここに至るには苦しい決断があったので説明いたします。



 まず、当初は開発陣の中で「機械式のサイドブレーキが欲しい」という意見がありました。利点は言うまでもなく「サイドターンができる」というものです。一方、欠点は「コクピット内にレバーのスペースが必要になるし、ケーブルを取り回すことで重量増につながる」ことが挙げられます。



 結局、ブレンボがリヤキャリパーそのものに電子制御のアクチュエーターを組み込む斬新なシステムを完成させたことで、議論に決着がつきました。A110は電子式パーキングブレーキを採用し、さらなる軽量化を手に入れました。



 そして次がMTかDCTかの問題です。A110は新生アルピーヌの最初のクルマです。ゼロからシャシーを造りましたから、当然ながらお金が掛かります。となれば、選択と集中が求められます。欧州はともかく、北米はATの販売比率が98%、日本を含むアジアは95%です。そして今やパフォーマンスもMTよりDCTのほうが高い。となればDCTに絞るしかありませんでした。



 というわけで、A110はDCT専用設計です。しかし最高のDCTに仕上げたつもりです。もちろん私を含め、開発陣はMTの楽しさも十分にわかっています。将来的には、MTとDCTの両方を提供できるブランドになりたいと思っています。

2010年、筆者がパリ郊外にあるルノー・スポールを訪れた際、取材に対応してくれたドース氏。当時はルノー・スポールのコンペティション部門ダイレクターを務めていた。

───ところでジャン-パスカルさんは、初代A110を所有されていましたよね?



JPD:もちろん今も持っていますよ。手放すことは考えられません。新型A110も、そうやってみなさんに愛され、大事にされるスポーツカーに育ってほしいと望んでいます。

Jean-Pascal Dauce(ジャン-パスカル・ドース):航空機メーカーであるエアバス社でエンジニアとしてのキャリアをスタート。すぐにルノーに入社し、10年間ほどシャシーエンジニアとして経験を積む。その後、ルノー・スポールでクリオV6や二代目メガーヌR.S.などのプロジェクトリーダーを務め、ルノーF1のエンジニアとしてイギリスへ渡る。3年後にルノー・スポールに戻り、コンペティション部門ダイレクターを務める。2012年からアルピーヌA110のプリプロダクト(商品の方向性を決める行程)の責任者を任される。14年の夏に一旦ルノー・スポールに戻り、18年にアルピーヌのチーフ・ビークル・ダイレクターに就任する。

情報提供元:MotorFan
記事名:「 アルピーヌA110開発責任者ジャン-パスカル・ドース氏インタビュー「あれをやっておけば……そんな後悔はしたくなかった」