スクーターの象徴でもあるシート下の収納スペース。今やすっかり常識となったこの装備を日本で初めて採用したのは、1985年(昭和60)に登場した「ヤマハ・ボクスン」というモデル。超画期的な機能を盛り込んだものの、残念ながら短命に終わったボクスン。その後に登場して爆発的ヒットとなった「ホンダ メットインタクト」など、シート下スペースのアレコレを辿ってみよう。

REPORT●北 秀昭(KITA Hideaki)

シート下スペース発展のきっかけは、1986年の「原付一種ヘルメット着用義務」から

写真はホンダPCXのシート下スペース。時代とともに、シート下スペースも大容量化。

 シート下スペースは、今ではスクーターにとって当たり前の、なくてはならない装備。しかし「ヤマハ ボクスン」が発売される1985年以前は、スクーターにシート下スペースはなかった。その大きな理由は、原付一種の乗車に、ヘルメットを着用する義務がなかったから(そもそも当時、スクーターは50ccがメインだった)。



 ヘルメット着用義務の流れとしては、



■1965年(昭和40年):高速道路などでのヘルメット着用努力義務を規定化



■1972年(昭和47年):自動二輪車乗車に対する最高速度40km/hを超える道路でのヘルメット着用を義務化



■1978年(昭和53年):自動二輪乗車員に対するヘルメット着用の義務化。また、原付一種(50cc以下)にヘルメット着用努力義務が課せられる



■1986年(昭和61年):原付一種(50cc以下)のヘルメット着用を義務化



 ヘルメット着用の義務化に伴い、50ccの原付一種モデルには、自動二輪車に採用されていた「ヘルメットホルダー」が採用されるようになった。しかし、当時はバイクが非常に多かった時代。また、ヘルメットは決して安くはないアイテム。それらも影響し、ヘルメットの盗難が多発。その結果、ライダーたちは、ヘルメットの盗難を防ぐためにヘルメットを持ち歩いた。



 想像してみて欲しい。買い物に行った時、わざわざヘルメットを持ち歩く…。これって考えただけでも不便でしょ?そもそも原付一種=近場の移動や買い物などに役立つ、庶民の足。原付一種のヘルメット着用義務は、当時のユーザーから、「ヘルメットを持ち歩くのが面倒くさい」と、極めて不評だった。



 そこで考え出されたのが、シートの下にヘルメットが入る画期的なスクーター。1985年に「ヤマハ ボクスン」が登場以来、各社から工夫を凝らした様々なモデルが登場した。

「ヤマハ ボクスン」は、シート下スペース装備車の元祖!

1985年(昭和60年)に発売された「ヤマハ ボクスン」。

写真は「ヤマハ ボクスン」の当時のカタログより。イメージキャラクターは伝説のお笑いテレビ番組「オレたちひょうきん族」でも活躍したタレントのウガンダ・トラさん。

 ボクスンは、「フルフェイスヘルメットが収納できるスクーター」として、原付一種のヘルメット義務化が施行される前年にデビュー。



 キャッチコピーは、「スクーターパッキングしましょう」。イメージキャラクターには、ファットな体型ながら、ダンスも得意で(「オレたちひょうきん族」では、あの松任谷由美(ユーミン)も唸らせた、マイケル・ジャクソンのスリラーを披露)、「カレーは飲み物!」の伝説的な名言(迷言!?)を残した、タレントの故ウガンダ・トラさん。



 ボクスンは、「フルフェイスヘルメットが収納できるスクーター」としてデビューしたものの……。当時は様々なタイプのモデルが、続々と市場投入されては消えてゆく、空前のバイクブーム時代。



 斬新な腰高フォルムのボクスンは、残念ながらスクーターを日常の足とする大衆からの人気を獲得できず、短期で生産終了となった。

≪ヤマハ ボクスンの主要諸元≫

全長×全幅×全高:1640mm×630mm×960mm

ホイールベース:1115mm

乾燥重量:55kg

エンジン:空冷2ストローク単気筒49cc

最高出力:5.8ps/7000rpm

最大トルク:0.61kg-m/6000rpm

タイヤサイズ:F2.75-10 R3.00-10

当時の価格:13万9000円

1987年登場の「メットインタクト」で【シート下スペース】は庶民に認知

街になじむスマートなスタイルの「ホンダ・タクトフルマーク」、通称「メットインタクト」。

 スクーターのシート下スペースが庶民に認知されるようになったのは、1987年(昭和62年)に登場した、「ホンダ・タクトフルマーク」、通称「メットインタクト」。



 「ホンダ・タクトフルマーク(メットインタクト)」は、当時大人気だった「タクト」をベースに、フルフェイスヘルメットも収納できるシート下スペース、「メットイン(ホンダの商標登録)」を採用。



 当時は盗難防止のため、街中ではヘルメットを持ち歩くのが常識だったが、佐藤浩市が出演したテレビCM(下記参照)も話題となり、「もう出先でヘルメットを持ち歩かなくてもいい」「小さな荷物ならシート下スベースに置いておけば大丈夫」と評判を呼び、「ホンダ・タクトフルマーク(メットインタクト)」は爆発的なヒットとなった。



 「ホンダ・タクトフルマーク(メットインタクト)」は、メットインに加え、小物の収納に便利なインナーボックスやリヤキャリアを装備するなど、収納、積載スペースを充分に確保。



 また、大容量(4.6L)の燃料タンクをシート下後方に配置。機能スペースを充分に確保しながらも、街になじむ流麗なスタイルにまとめ上げているのが特徴だ。



 エンジンは、掃気効率と燃焼効率に優れた、新設計6ポートシリンダーを採用した、パワフルな空冷2サイクルエンジン(最高出力5.8PS/6,500rpm)を搭載。オートマチック(Vマチック)変速機構との組み合せにより、小気味よく力強い走りを実現している。



 足周りは、前輪にトレーリングリンク式サスペンション(左右に油圧ダンパーを装備)、後輪にユニットスイング式サスペンション(油圧ダンパー装備)の採用により、快適な乗り心地を獲得。

≪ホンダ・タクトフルマーク(メットインタクト)の主要諸元≫

全長×全幅×全高:1655mm×650mm×1010mm

ホイールベース:1160mm

乾燥重量:60kg

エンジン:空冷2ストローク単気筒49cc

最高出力:5.8ps/6500rpm

最大トルク:0.66kg-m/6000rpm

タイヤサイズ:FR3.00-10

当時の価格:13万9000円

メットインタクトが登場した1987年(昭和62年)、人々(若者)を驚かせた「3つのもの」とは?

 メットインタクトが登場した1987年(昭和62年)当時は、空前のバイクブームの時代であり、バブル景気の初頭。日本全体に「ワクワク感(浮かれ気分とも言えたが)」があり、新しいものが出てきては消える。そんな時代でもあった。



 メットインタクトのキャッチコピーは、「留守番電話、レンタルビデオ、ヘルメットの入るスクーター」。今では当たり前のこの3つは、当時の人々(若者)を驚かせた便利なもの・ベスト3と呼ぶべきもの。



 「留守番電話、レンタルビデオ、ヘルメットの入るスクーター」というキャッチコピー。また、メットインタクトに乗って東京の街を巡る、情緒的な映像&音楽を使った佐藤浩市のテレビCM(カフェの前でヘルメット内に上着を無造作に詰め込んでシートを閉めるシーン、メットインタクト&東京タワーの前で8mmフィルムを回すシーン、ヘルメット内に詰め込んだ上着を着てシートを閉め、さっそうと階段を駆け下りるシーン等々、すべてが映画のワンシーンみたい。スクーター=街に馴染んだ乗り物ということを上手に演出した映像は、今見ても素敵!)も話題となり、メットインタクトの知名度は一気に急上昇。セールス的にも、大成功を収めたのだった。

↓↓懐かしい当時のテレビCMをチェック!↓↓

懐かしい!佐藤浩市「ホンダ メットインタクト」のテレビCM(1987年)をチェック

こちらは「モッくん(本木雅弘)」の「スズキ アドレス」のテレビCM(1989年)です!

◆これがシート下スペース進化の元!シリンダーヘッド・シリンダーの向きを変えて、シート下の収納容量を増加

シリンダー周りを縦方向にレイアウトした旧タイプのエンジン。
シリンダー周りを横方向にレイアウト変更した新タイプのエンジン。


 車体の大きさはそのままに、シート下スペースの容量を稼ぐため、各メーカーは様々な手法を駆使。その一つが、エンジンのシリンダーヘッド、シリンダー、ピストンの向きを、「縦方向」から「横方向」にレイアウト変更する方法。



 上方に出っ張ったシリンダーヘッドやシリンダー、ピストンを横向きに変更ことで、シート下スペースを「深く」することが可能となった。

情報提供元:MotorFan
記事名:「 原付バイク界に革命を起こした”シート下スペース”の登場! なのに第一号モデルは短命だった?