「凍ってるね」と、ドライバーシートに座ったままドアをあけ、地面に積もる雪をさっとなでながら言ったことのある読者は手を挙げなさい。

そう、ちょうど30年前、1987年に公開された映画「私をスキーに連れてって」の有名なシーンで原田貴和子さんと髙橋ひとみさんがやってたことだ。

私をスキーに連れてって
出典:https://www.favcars.com/

当時のクルマ好きの若者たちは、原田知世さんみたいな彼女が欲しい、なんてことよりも、4WDのセリカに出始めのスタッドレスタイヤを装着していたことがうらやましくてしかたなかったはず。高速のPAでチェーンを脱着しなくてもいいし、交換後も乗り心地も損なわない夢のようなタイヤだった。今では冬場の定番アイテムとして一般化しているが、当時はかなり贅沢なものだった。

スキーに行くといえば、クルマを何台か連ねて出掛けたものだが、当時は携帯電話がなかった。そこで「私をスキーに連れてって」ではパーソナル無線をつかっていたようだが、一般ピープルはシガーライターソケットに挿すFMトランスミッター機能付きマイクを使っていたように思う。近くにいるクルマでFMを受信すると、一台前の車内の会話が聞こえ、二台とも装着すれば、一応会話ができるなんていうデバイスがあって、数台で連れ立ってスキーに行く時には重宝したのを覚えている。

当時のスキー場では、シャレた音楽を流すのが大変だったのか、開局したてのJ-Waveを流しているスキー場が多かったように記憶している。いい感じに洋楽がかかるなか、首都高の交通情報も頻繁にやっていて、リフト小屋のお父さんが「いんやあ、今日もハコザキってとこは混んでんだなあ」なんて言ってたりしていたらしい。

私をスキーに連れてって
出典:http://www.hrwc.org/

そして、当時は高速道路の整備が現代ほど進んでいなかった。関越道はまだ首都高とつながっていないために練馬から乗ったり、東北道も下道で浦和まで行かないといけない時代もあった。スキーシーズンの週末の夜中は、関越道練馬インターの近くの環八が渋滞していたものだ。また、関越トンネルが対面通行だった時代で、事故があると通行止めになってしまい、チェーンを巻いて雪の三国峠を泣きながら越えたり、手前のスキー場へ目的地を変更することもあった。

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