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少しづつ秋へ「深き霧をまとう」季節です


立秋を過ぎ暦の上では秋になり、第三十九候「蒙霧升降」(ふかききりをまとう)深い霧が立つ時期になりました。本来は残暑が厳しいときですが、今年は進みがゆっくりだった台風5号が広い範囲で大雨を降らし、過ぎ去った後は蒸し暑さが残り夏らしい晴れ間があまりみられません。「深き霧をまとう」候にふさわしい湿り気が感じられるようです。

まとわりつくような湿気は鬱陶しいですが、「霧」には幻想的であるとともに未知な不安を感じさせるイメージがあります。今回は霧についてみてみましょう。


「蒙霧升降」ふかききりをまとう、どうしてそう読めるの?

「深き霧をまとう」そういわれれば、そう読むことができます。でもなぜ「蒙霧升降」がそうなるのでしょう。ちょっと難しい気がしませんか? 「霧」と「降」の意味は理解できますが、その他の文字の意味はどうなのでしょうか。まずこの辺りを調べてみましょう。

「蒙」の草冠の下の字は、豚などの家畜におおいをかける、という意味があります。つまり「蒙」は囲われている豚の上にさらに草を載せて隠してしまうことから、被ること着ることという意味もでてくるのです。

「升」は象形文字では、ひしゃくのマスの中にものを入れた形。そのマスの中の物をすくい上げることから「のぼる」「上がる」の意味がでてきます。

こうして四つの文字の意味をあわせると「蒙霧升降」は、水蒸気が凝結して煙のように立ちこめる霧は立ち昇ったり降りたりして全てを覆い隠してしまう、となりますね。このように理解できると「深き霧をまとう」の言い換えが生き生きとしてきませんか?

「蒙霧(もうむ)」には胸中がふさがること、という意味もあります。秋はやはり心が感傷的になる季節。心にも霧が立ちやすくなるのかもしれません。


霧の中からあらわれ、霧の中に消えていくものは?

「霧の向こう」といえば何があるか見えない不安や未知への期待感などを感じさせてくれます。

シェークスピアの『ハムレット』が父王の亡霊と出会うのは海辺に建つ城の城壁の上。一番鶏の鳴き声とともに姿を消す亡霊は、朝の霧のなかに去っていくような幻想で描かれています。

ロンドンといえば「深い霧」が有名でした。夜霧の中に消えていくのは残酷な殺人者ハイド氏。世間から信頼を集める青年医師のジキル博士のもうひとりの人格です。相反する二つの人格をあいまいに包み込んでしまうのも「霧」なのですね。

日本では松本清張氏の『日本の黒い霧』というノンフィクションの題名がもっとも有名ではないでしょうか。第二次大戦後の米国占領下、日本で次々に起きた怪事件の数々の裏にはGHQが暗躍する陰謀があった、というセンセーショナルな内容。当時の日本人には真相を知る権利も術もなく、全ては闇の中という状態を「黒い霧」で表しています。本来は白いものを真反対の黒、とすることでなす術のない現実に対する怒りともどかしさが表現されています。

それ以来「黒い霧」は汚職の代名詞となって新聞などを賑わしていますね。


チャーチルは「霧」を消した⁉

12月になるとイギリス南部は濃い霧のために飛行場が使えなくなる!これは第二次世界大戦中の連合国軍にとって重大なことでした。大陸のドイツ軍は晴れた飛行場から飛び立って霧の立ちこめるロンドンへ爆撃にやってくるのです。

そこでチャーチルは飛行場から霧を消し、安全に離着陸できる方法の開発を緊急に命じます。その方法とは、石油を完全燃焼させてその熱気を空気に混ぜて外へ送り出し、冷たい空気を暖め対流させることで霧を晴らす、というイギリス独自のものだそうです。すでに基礎研究段階は終わっていたということで完成まで1年たらずだったとか。

実験や実地に使用した石油は2年半で1億リットル。他にも設備建設に大量の鉄が使われており、投入した資源の費用は莫大なものでした。このことを報告した中谷宇吉郎博士は、チャーチルによる科学者への信頼の厚さがこの開発を決断させ、また可能にしたと書いています。

霧を晴らしたイギリスの空港からの爆撃機は冬にも飛び立つことができ、ドイツ軍との戦いを2年早く終わらせることができたということです。

終戦の月、海外からの資源を断たれた日本の戦いがいかに厳しかったかを痛感します。


「霧」に感じる日本人の情緒は?

「村雨の露もまだひぬ真木の葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮」

小倉百人一首にある寂蓮法師の歌です。多くの方の愛誦歌になっているのではないでしょうか?日本の秋の風情を素直に感じさせてくれます。

「君が行く海辺の宿に 霧立たば 我(あ)が立ち嘆く息と知りませ」

これは『万葉集』におさめられた歌です。朝廷から新羅へ使わされる夫へ送った妻の歌。夫は無事に帰ってこられるのか、妻の切実な思いを霧に託した歌ですね。ため息とともに願いも込められています。

万葉集の頃「霧」は季節に関係なく歌われましたが、平安時代あたりから秋は霧、春は霞と区別されるようになったようです。俳句では秋の季語になっています。

「さやうなら霧の彼方も深き霧」 三橋鷹女

「霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き」芭蕉

「霧晴れて妙義は天を衝かんとす」子規

「霧」を見る作者それぞれの視線と心が17音から響いてきます。

湿度の高いこの時期、暑さから移り変わる秋への気配を「霧」を通して朝や夕に感じてみるのも面白いかもしれませんよ。

参考:

『新漢語林』大修館書店

『中谷宇吉郎集』第4巻 「霧を消す話」

『日本古典文学大系』第6巻 「万葉集 3」

『俳句歳時記』秋 (角川ソフィア文庫)

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