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「花を結ぶ」とは実を結ぶことにあらず!七十二候「桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)」


7月23日より大暑の初候「桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)」。もっとも暑い期間とされる大暑のこの時期、桐の花が…おっと、結ぶ?つい読み流してしまいそうですが、見直すと聞きなれない奇妙な表現ですよね。大暑初候が桐始結花になったのは、日本で始めて編纂された暦「貞享暦」から(宣明歴では「腐草為蛍」)で、編纂者渋川春海考案のオリジナル。七十二候で花が咲くことは「華」「開」「笑」などの文字で表現されていますし、桐箪笥などに使う、いわゆるキリの木の開花期は4~5月の春。したがって「花を結ぶ」とは当然花が咲くことではありません。では、「結花」とは何を意味する言葉でしょうか。

キリの花の開花時期は4~5月。ではなぜ?

キリの花の開花時期は4~5月。ではなぜ?


貞享暦を作成した渋川春海が「結花」と言ったものの正体とは

私たちが普段「桐」といい、箪笥や下駄、木箱や米びつの材として有名なキリは、キリ科キリ属の落葉広葉樹です。中国名で紫桐、紫花泡桐といわれるキリ(Paulownia tomentosa)と、同じく白桐といわれるココノエギリ(Paulownia fortunei (Seem.) Hemsl. )の二種があります。近縁で、花や葉の姿も似ています。葉は先のとがった広卵形の20~30cm、時に1m近くにもなり特徴的。花のほうは、キリは全体が美しい藤色で、長さ5~8センチほどの大型の円筒状の花弁内側に黄色い条とぽつぽつと濃い紫の斑が、ココノエギリはそれよりも花弁が白く、内側に濃い紫の斑が埋め尽くすように多く入り、それが上向きに房状に群れて咲きます。大変美しく、近くで見ると地上に生えているハアザミやジキタリスの花によく似ています。実際英名はFoxglove Treeといい、ジキタリスの別名キツネノテブクロFoxgloveと、花が似ているためその名がついています。

しかし、この美しい花は、まっすぐ伸びた幹のはるか上、横に大きく張った枝に上向きに咲くために、ほとんどの通行人は上空高くにキリの花が咲いていることすら気がつきません。ココノエギリは4月ごろ、キリは5月ごろとやや時期はずれますが、どちらも花の房の形状をそのままとどめて7月ごろ結実します。その実は3センチほどで、レモンのような方錐型。固く閉じた実は、冬を迎える頃にパカッと二つに割れて口を開き、中には雪片のような不思議な形の白い半透明の翼をまとった種子がぎっしり詰まっていて、風にのって遠くまで広がります。

つまり大暑のこの時期、キリは実をつけるわけです。このため、「桐始結花」を「桐が結実するころ、という意味」である、と多くの辞書や歳時記などが説明しています。

しかし、です。「実を結ぶ」なら、「桐始結実」にするのが自然ではないでしょうか。なぜ「結実」ではなく「結花」なのか。「結花」は「実を結ぶ」などという意味ではありません。

キリは、なんとも不思議なことに、夏の土用ごろには翌年春に咲く花のつぼみをすでにつけるのです。その姿は、とび色の柔毛に覆われ丸いつぼみは神楽鈴についた鈴のよう。つぼみは、その後夏、秋、冬の長い期間、徐々に成長してゆきます。冬の寒さに耐えられるのか、半年以上ものあいだ風雨に晒されて大丈夫なのか、と心配になってしまいますが、実際そのように進化してきた不思議な植物なのです。

そう、「花を結ぶ」とは、字義通り、結ばれた花=つぼみのことです。それ以外には意味が通りませんし、キリを本当に観察さえしていれば、大暑の時期の「キリの結花」といわれれば何を意味するか、すぐにわかります。そして春海の的確かつ美しい表現に、あらためて尊崇の思いを新たに出来るでしょう。

キリの実。ちょうど今頃、実を結びます

キリの実。ちょうど今頃、実を結びます


時空を超えたキリ違い?青・白・紫…鳳凰はどの桐の木に留まる?

実は昔の日本人もキリについての重大な勘違いをし続けてきました。

清少納言の「枕草子」。四十四段「木の花は」ではキリについてこのように叙述しています。

桐の花、紫に咲きたるはなほをかしきを、葉のひろごり、さまうたてあれども、又他木どもとひとしう言ふべきにあらず。唐土にことごとしき名つきたる鳥の、これにしも住むらん、心ことなり。

(桐の花が紫色に咲くさまはやっぱり趣きがあるもので、葉が広くてそこが異様なのだけど、まあそこらの木のようにあれこれ言うべきじゃないかも。何しろ唐では大げさな名前がついている鳥(鳳凰)はこの木にしか棲まないというのだから、格別なものなんですよね。)

清少納言らしい落としてあげる皮肉っぽい内容ですが、紫の花が咲くキリの花は鳳凰が枝に止まる尊い木である、としています。鳳凰がキリを選んで枝に留まるという伝説は、中国周代の「詩経」(BC9世紀~BC7世紀)や、また荘子(BC369年頃 ~ BC286年頃)の秋水篇に鵷鶵(えんすう・鳳凰の一種)は南の海から北の海へと渡る際、梧桐以外の木には留まらず、錬実(竹の実)以外は飲まず、醴泉という特別な泉の水以外は飲まない、という記述などから伝説の瑞鳥「鳳凰」は「梧樹」によりくる、という「瑞禽嘉木」の思想から生まれたもので、平安時代ごろの日本にも伝わっていたことがわかります。ところが、これらの中国の古典の伝説で鳳凰がやって来る梧桐とは、キリはキリでもアオギリ(青桐、梧桐  Firmiana simplex)で、樹形こそ似ていますが、アオイ科アオギリ属に属し、紫桐、白桐などとは別種の植物なのです。花期も6月から7月ごろで、クリーム色で花弁のない、細かい小花が集合した独特の花を咲かせます。

つまり、日本の平安時代の知識人たちは、どうもこうした違いを理解せず、あるいはもしかしたら意図的に曲解して、瑞鳥の止まる木を紫色の花の咲くキリだと考えていたのです。意図的というのは、この花の色が、平安王朝を支配した藤原氏を象徴する「藤」の色と似ているためです。藤色の花のキリは鳳凰が止まる木である、とすることで、貴族官人たちが藤原氏に媚びていたため、とも考えらますね。

いずれにしても、そうした取り違えから、日本では以降、紫のキリの木は神聖なものとなり、菊花とともに皇室のシンボルとなりました。

鳳凰が止まるのは「青い」キリでしたが、日本では清少納言のおっちょこちょいのせいなのかどうか、「紫」もしくは「白」のキリをその木だと長く思い込み、吉祥の意匠である「桐竹鳳凰」で描かれるキリも、キリ属のほうのキリを描き、皇室や武家の家紋のキリも、500円玉の表の意匠も、キリ属のキリを使い続けているのです。

とはいえ、実際そのキリは、日本人の生活と切っても切れない大切な木材でしたから、尊ばれる資格は充分にある、といえるでしょう。

青桐の実

青桐の実


キリを植えても箪笥は作れなかった!?

さて、キリというと、何と言っても桐箪笥は和箪笥の代名詞と言ってもよく、かつては家に女の子が生まれるとキリを庭に植え、お嫁に行く頃には大きく育った桐箪笥を作って嫁入り道具にしたのだ、とよく語られます。

キリは他の樹木よりも生長が早く、15~20年ほどで高さ10m前後の成木に育ちます。昔のことですから嫁入りもちょうど15歳から20歳くらいだったとすると、娘が年頃に育つ頃、桐箪笥が一つできそうな気もしますね。実際、江戸時代に、「養生訓」で有名な貝原益軒が著した生物学書「大和本草」(1709年)には「女子ノ初生ニ桐の子ヲウフレバ、嫁スル時其装具ノ櫃材トナル」とあります。ここで言う「櫃」(ひつ)とは、いわゆる長持のことで、衣類や寝具を収納する、現代で言う衣装ケースのようなもの。箪笥を作るとなると、実は通常25年から35年間ほど育てた大木が、最低三本は必要。また、桐は伐採してすぐ使えるわけではなく、伐採後2~3年は天日干しをしてアク抜きをしなければなりません。つまり娘の誕生とともに桐を植えても、それでは箪笥は仕立てられません。実際には、高く売れる桐を嫁入りの際に伐採して換金し、それで嫁入り道具をそろえた、ということのようです。

ちなみに桐箪笥が重宝されるようになったのは江戸時代から。大火が頻発した江戸の町の事情が関係していました。

キリ材の気乾比重は0.3で、国産木材のなかで最も軽い木材です。これは、材の空隙が多いためで、発泡スチロールのように多くの空気を含み、断熱・防湿の機能が高いということ。火事の際に箪笥ごと持ち出す、なんてことも、軽い桐なら可能でした。しかも、着火温度は400度以上ときわめて高く、非常に燃えにくい木なので、火事の場に水をかけてそのまま残しておけば、表面が黒こげでも箪笥の中の衣類はなんともなかった、なんてこともあったそうです。

また、虫が嫌うタンニンやセサミンなどの成分を材の中に含んでいるため、防虫効果もあります。

箪笥だけではなく、飯びつや下駄、床材などに幅広く使われたのも、高温多湿で虫の多い日本の風土の中で生活するのに役立つ特性があったためでした。

ちょうど土用のこの時期、今年咲いた花の実の房に隣り合うように、まだかわいらしい姿のキリの翌年の花のつぼみが見られます。気がつかないだけで、キリの木はわりと近くに生えています。探しあてて、春海が「結花」と言い表したそのつぼみを是非ご覧になってはいかがでしょうか。

原文「枕草子」全巻

キリの蕾。花を結ぶとは美しい言葉ですね

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