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筋萎縮性側索硬化症原因遺伝子産物 TDP-43の新機能を発見


2017年8月9日



公立大学法人首都大学東京



筋萎縮性側索硬化症原因遺伝子産物 TDP-43の新機能を発見

~難治性の脳神経変性疾患などの治療薬の開発に期待~



 JST戦略的創造研究推進事業の一環として、首都大学東京の礒辺俊明特任教授、東京農工大学の泉川桂一特任助教、石川英明特任助教、高橋信弘教授らのグループは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)<small>(注1)</small>の原因となるTDP-43が標的とするミトコンドリアRNAを特定するとともに、その結合がミトコンドリアDNA<small>(注2)</small>から合成されるRNA産物の形成制御を通じてエネルギー代謝を始めとするミトコンドリア機能を調節し、その異常が細胞死を誘導することを明らかにしました。

 細胞は遺伝情報をもとに作られたRNAとたんぱく質の相互作用を制御することでその働きを維持していますが、難治性の脳神経変性疾患などのRNA代謝異常症<small>(注3)</small>の多くは、この相互作用の調節ができなくなることで発症します。そのためRNAとたんぱく質の相互作用の実態とその調節機構を理解することは、RNA代謝異常症の発症機構の解明から治療薬の開発につながると期待されています。

 また、TDP-43は家族性ならびに孤発性ALSの主要な原因遺伝子だけでなく、その他の原因で発症した約9割のALS患者の病巣部の神経細胞に蓄積していることから、今回の成果は、多くのALS患者に共通した発症機構の解明や早期診断、さらには治療薬の開発につながることが期待されます。 

本研究の成果は、平成29年8月9日午前10時(英国時間)の「Scientific Reports」誌のオンライン版に掲載されます。



<本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。>

~戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)~

 研究領域:「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」

 (研究総括:田中 啓二 東京都医学総合研究所 理事長兼所長)

 研究課題名:「RNA代謝異常症のリボヌクレオプロテオミクス解析と構造生命科学への展開」

 研究代表者:礒辺 俊明(首都大学東京 大学院理工学研究科 特任教授)

 研究期間:平成25年4月~平成31年3月



<研究の背景>

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、全身の筋力が低下し、主に呼吸器不全で死に至る難病で、現在に至るまで治療法がなく、アイスバケツチャレンジとして知られるキャンペーンが世界的規模で行われたり、国際ALSデーが設定されたりするなど、近年、社会的注目度が特に高まっている病気です。ALSでは脳と脊髄の運動ニューロンと呼ばれる神経細胞が選択的に死滅するため、全身の筋肉が麻痺する深刻な病状を呈します。これまでの研究でALS発症の主因となる約20種類の遺伝子が同定されていますが、それら異なる機能を持つ多くの遺伝子の変異が共通して運動ニューロン死を誘導する分子機構は不明です。



 TDP-43の変異あるいはその他の遺伝子変異に起因するすべてのALS患者の約9割では脳の病巣部の神経細胞でTDP-43の蓄積が見られることから、TDP-43はさまざまなALSに共通の発症機構に関与していると考えられています。TDP-43は主に細胞核に存在するRNA結合タンパク質で、DNAから合成されたmRNA前駆体のスプライシング反応<small>(注4)</small>を介した細胞のたんぱく質合成の制御に関わっていることが知られています。今までに、TDP-43の異常がALSを引き起こす機構として、運動ニューロンで特異的に働くたんぱく質をコードするメッセンジャーRNA(mRNA)前駆体のスプライシング反応の異常仮説、あるいはTDP-43が運動ニューロン内に異常凝集して蓄積する「たんぱく質沈着病」仮説などが提案されていますが、その詳細は明らかにされていません。また最近、ALSを引き起こす変異を持つTDP-43がミトコンドリア機能を阻害するとの仮説が提案されましたが、ミトコンドリアでのTDP-43の標的分子は何か、あるいはミトコンドリアにおけるTDP-43の本来の機能は何かなどの基本的な問題が解決されていませんでした。



<研究の内容と成果>

 本研究では、独自に開発を進めてきた最先端のRNA質量分析法を利用してTDP-43とRNAの結合で生じる複合体を解析し、TDP-43が標的とする分子として、ミトコンドリアDNAに由来する特定のトランスファーRNA<small>(注5)</small>(mt-tRNA)、mt-tRNAAsn、mt-tRNAGln、mt-tRNAProを同定しました。正常な細胞ではTDP-43はミトコンドリアには存在しないと信じられていましたが、本研究ではTDP-43とmt-tRNAの架橋反応<small>(注6)</small>やTDP-43/mt-tRNA双方の結合部位の決定解析、名古屋大学の西川幸希博士による免疫電子顕微鏡解析<small>(注7)</small>、さらには東京都総合医学研究所の山野晃史博士らの生化学的解析によって、TDP-43がmt-tRNAとミトコンドリア内で結合していることを示しました。



 次に、これらのmt-tRNAにTDP-43が結合することで、ミトコンドリアがどのような働きをしているかを明らかにしました。まず、TDP-43が直接結合しているmt-tRNAを安定化している可能性を調べたところ、TDP-43の発現量の増加に伴いこれらのmt-tRNAだけでなく、ミトコンドリアDNA由来のその他のmt-tRNAやmt-mRNAも同時に増加することがわかりました。この解析から、TDP-43の発現量を増加させると、ミトコンドリアに固有のDNA(mt-DNA)から転写される特定のRNA中間体が増え、逆にTDP-43の発現量を減少させるとこれらの中間体が減り、TDP-43はミトコンドリアDNAから転写されるRNA中間体を安定化する働きをしていることがわかりました。



 これらのRNA中間体は、核由来のmtRNaseP<small>(注8)</small>などのRNA分解酵素で切断されてミトコンドリアのエネルギー代謝に関わるたんぱく質を合成するために必要な特定のmRNAやmt-tRNAを生じることが知られています。そこで、TDP-43が影響を与えるRNA中間体とこれらのRNA分解酵素を人為的に欠失させて生じるRNA中間体を比較すると、mtRNasePの欠失で生じるRNA中間体とよく一致していることから、TDP-43はミトコンドリアにおいてmtRNasePによるRNA中間体の切断を調節していると推定されました。



 ミトコンドリアでRNA中間体が蓄積するとたんぱく質合成に異常が生じてミトコンドリアが機能不全に陥り、最終的には細胞が死ぬことが知られています。そこで、TDP-43の発現量とミトコンドリア機能の関係を調べたところ、TDP-43の発現量を変化させるとたんぱく質合成に異常が生じてミトコンドリア機能が低下し、細胞増殖が抑制され、mt-DNAの転写を抑制した状態でTDP-43の発現量を上昇させても細胞増殖には影響しないことから、ミトコンドリアでのTDP-43発現量の異常がそのまま細胞死につながることがわかりました(図1)。



 この研究で特筆できる発見の1つは、mt-tRNAに結合しないTDP-43変異体は発現量を上昇させても細胞増殖を抑制しないことです。このことは、TDP-43とmt-tRNAとの結合を阻害しても、RNA中間体の過剰な蓄積を抑制できれば細胞死を防ぐことができること、すなわちTDP-43/mt-tRNA結合阻害剤の探索がALSの治療薬の開発につながる可能性を示唆しています。



 なお、その後の研究で、TDP-43の変異を原因とする特定のALS患者由来のiPS細胞でmt-DNA由来のRNA中間体が蓄積していること(京都大学 iPS細胞研究所・井上治久教授らとの共同研究)、またALS患者の脳組織に由来する蓄積物にミトコンドリア由来のRNAが存在すること(東京都総合医学研究所・長谷川成人博士らとの共同研究)を見いだしています。



<今後の展開>

 本研究の成果を端緒として、ALSの発症機序の解明から治療法の開発につながることが期待できます。また、この成果で有効性が証明されたRNAの質量分析法を基礎とした研究方法が広く普及することで、RNAの代謝異常に起因する多くのヒトの疾病の発症機序に関する理解が進み、その予防や治療法の開発につながることが期待できます。





【図1 説明】

正常なTDP-43は主に核に存在するが、一部はミトコンドリアにも存在する。ミトコンドリア内では、適正な量のTDP-43がmtDNA転写物からプロセスされるRNA中間体を適正量安定化し、mtRNasePの働きを制御することでミトコンドリアを正常に機能させるためのmt-tRNAとmt-mRNAを適正量産生し、その翻訳によって合成されるたんぱく質によって正常な機能を維持している。ALS変異を持つTDP-43はミトコンドリアでの存在量が増えることでRNA中間体を過剰に安定化するため、その後のたんぱく質合成に異常をきたしてミトコンドリアが正常に機能しなくなることで最終的に細胞が死滅する。



【用語解説】

注1) 筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis:ALS)

重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、筋肉の運動を支配する運動ニューロンが選択的に死滅することで発症する。1年間に人口10万人当たり1〜2人程度が発症するが、極めて進行が速く、半数ほどが発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡する。ALS患者の90%程度は遺伝性が認められない孤発性で、残り10%程度の遺伝性ALSの約20%は21番染色体上のスーパーオキシドディスムターゼ1遺伝子に突然変異があることが知られている。現在までに遺伝性及び非遺伝性ALSの原因とされる20種類以上の遺伝子が同定されているが、TDP-43はその主要な原因遺伝子であるだけでなく、さまざまな原因で発症したほとんどのALS患者の神経細胞の細胞質にTDP-43が異常に凝集して蓄積していることが明らかにされている。



注2)ミトコンドリアDNA

核DNAとは独立して存在する細胞内小器官であるミトコンドリア内にあるDNAで、ミトコンドリアが分裂する際に複製される。ヒトを含む高等動物のミトコンドリアDNAは約16,000塩基対からなる単一の環状DNAで構成されており、1つの細胞に数千コピー存在し、エネルギー代謝に関わる電子伝達系を構成する13種類の呼吸鎖複合体サブユニット、22種類のtRNA、2種類のrRNA遺伝子がコードされている。



注3)RNA代謝異常症

RNA代謝の異常に起因する疾病の総称。筋萎縮性側索硬化症(ALS)や骨髄性筋萎縮症、脊髄小脳変性症、ハンチントン病などの神経変性疾患のほか、先天性角化不全症やTreacher-Collins症などの形態形成不全症、神経膠腫や悪性黒色腫などのガンなどが知られている。



注4)スプライシング反応

遺伝子から転写されたmRNA前駆体からイントロンを除去してたんぱく質をコードするエクソンだけから構成されるmRNAを合成する過程のこと。



注5)トランスファーRNA

転移(トランスファー)RNAは73〜93塩基から構成される低分子RNAで、リボソーム上でたんぱく質が合成される際にmRNAの塩基配列(コドン)を認識して対応するアミノ酸を合成過程のポリペプチド鎖に転移するためのアダプター分子としての役割を持つ。



注6)架橋反応

分子間の相互作用、例えばRNAとたんぱく質の相互作用で生じる結合点を共有結合によって化学的に架橋する反応。この反応の生成物を解析することで、両者の結合点を正確に知ることができる。



注7)免疫電子顕微鏡解析

金の粒子を結合した抗体とたんぱく質の特異的な結合を利用して、電子顕微鏡下で目的とする抗原たんぱく質の存在部位を観察する実験法。



注8)mtRNaseP

ミトコンドリアDNAから合成された前駆体mt−RNAのmt−tRNA領域の5’末端部分を切断することでmt-tRNAを切り出す働きを持つ。



<論文タイトル>

タイトル:“TDP-43 stabilises the processing intermediates of mitochondrial transcripts”

     (TDP-43 はミトコンドリアDNA転写物のプロセシング中間体を安定化する)

doi:10.1038/s41598-017-06953-y











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