日本の半導体戦略【実業之日本フォーラム】
半導体サプライチェーンにおいて、電子材料や製造装置メーカー等、様々な企業が存在する。半導体製造に関しては、垂直統合型(IDM: Integrated Device Manufacturer)、ファブレス(Fabless)、ファウンドリ(Foundry)の3つの企業形態に分類できる。垂直統合型には、インテル(米)、サムソン電子(韓)、ルネサス・エレクトロ二クス(日)、東芝(日)などの企業が分類される(ただし、例えばインテルが全ての半導体生産を自社で行っているわけでもなく、一部をファウンドリに委託している等、純粋なIDM形態の企業は今日では非常に少ない)。巨額の設備投資・生産設備維持費用が求められる中、特にIC分野では分業化が進み、IDM形態の企業は世界的には珍しくなった。ファブレスは、設計のみを行い、ファウンドリ企業に製造を担ってもらう形態で、クアルコム(米)、エヌビディア(米)、メディアテック(台)などの企業が挙げられる。
日本の半導体業界は、材料・製造装置分野では依然として高いプレゼンスも、製造分野の地盤沈下は著しい。世界の半導体企業の売上高ランキングでは、1980年代は日本がトップ10の半数を占めていたが、2020年ではキオクシア(旧東芝メモリ)がかろうじて10位で、1~9位は米国と韓国の企業が占めている。日本国内に限れば、キオクシアに次ぐ規模の半導体製造企業は、ソニー・セミコンダクター、ルネサス・エレクトロニクス、ロームと続く。2020年は、サムソン電子やキオクシアのようにNANDフラッシュメモリ価格高騰の恩恵を受けた企業が好調だったが、そのトレンドは永続的ではなく、2021年は自動車向けのパワー半導体不足が予想されている。
日本の半導体製造企業が衰退した理由については諸説あるが、主な3つを紹介しよう。
1つ目は、「米国によって潰された」とする説である。遠藤(東京福祉大学、2018)によれば、1970年代から通商法301条に基づく提訴や反ダンピング訴訟を起こして徹底的に締め出しをはかってきたこと、「日本半導体のアメリカ進出は、アメリカのハイテク産業あるいは防衛産業の基礎を脅かすという安全保障上の問題がある」との論拠で批判し、1987年にはレーガン大統領時代に100%の高関税をかけ、1991年に日米半導体協定を強制したことが指摘されている。
2つ目は、「当時の日本国政府の誤った判断」とする説である。日本の総合電機勢は1980年代、特にDRAM(Dynamic Random Access Memory)で世界を席巻してきたが、1990年代に一度目のDRAM不況が直撃した結果、各社はリストラを迫られた。当時の通産省主導による「包括的な半導体産業に関する国家プロジェクト」は、日本勢のファブレス化、水平分業化を阻害したとの指摘がある。また、2008年に起こった世界金融危機に各国が積極的な金融緩和策をとる中、日本のみが金融緩和を行わなかったことで数年続いた超円高が、最後に残った国際的なDRAMメーカーであるエルピーダメモリを潰した(浜田(東京大学、イエール大学名誉教授)は「日本銀行がエルピーダを潰したと言っていい」と指摘している)との批判がある。
3つ目は、「日本企業の誤った判断・情報流出管理の稚拙さ」とする説である。2010年代に東芝においてリストラ対象となっていた技術者が、韓国のサムソン電子に高額の報酬につられNANDフラッシュメモリの製造技術を流出、実際に提訴されたことはあまりにも有名である。総合電機や、総合電機系の半導体メーカーからリストラされた技術者による技術流出が、現在の韓国勢、中国勢、台湾勢の台頭を許した一つの要因となっていることは否定できないだろう。
ところで今、なぜ日本で半導体確保が叫ばれているのか。南川(オムディア、2021)によると、自動車販売、スマートフォン、ノートパソコン、テレビなどの主な需要が過去のピークを下回る中、「半導体不足」となっている要因として、(1)対中制裁、(2)増産投資の不足、(3)新たな需要を挙げている。(1)対中制裁については、SMIC(中)に自動車用半導体を委託していたファブレス企業はTSMC(台)やUMC(台)に切り替えざるをえなくなったが、半導体製造の製造ラインについては、メモリからパワー半導体へ、といったように簡単に切り替えられる代物ではなく、結果的に生産が追い付かない状況に陥ったということである。(2)増産投資の不足については、2019年は各半導体が不況にあったにもかかわらず、主要ファウンドリ企業の稼働率が高止まりしていた点を指摘している。(3)新たな需要については、半導体需要構造が大きな転換期を迎えているとの指摘がある。具体的には、これまでメインの需要主体であったスマホ、PC、テレビについては販売が頭打ちとなっているが、いわゆるレガシー半導体分野である自動車、産業用、インフラ関連が新たな成長分野として浮上している。1990年代以降、米国を中心に水平分業型が進んだ半導体業界(先進国企業はファブレスに傾倒)だが、ここにきて国内でのファウンドリ確保が安全保障・製造業サプライチェーンの観点から必要とされるといった論調になってきたのである。
日本では、自民党が半導体戦略推進議員連盟を設立した10日後、経産省は半導体受託製造で世界最大手の台湾企業TSMCが日本で実施する先端半導体の研究開発を支援し、5年間で190億円を拠出すると発表した。この研究は、国内半導体関連企業約20社が共同で行い、世界的に半導体の開発競争が激化する中、最先端の技術を持つTSMCとの連携で国際競争力を高めるのが狙いだという(時事通信2021年5月31日)。この件は、経済産業省(※1)によれば、国内半導体製造基盤の確保・強化の一環のようだが、米国の場合は、短期的解決策としてTSMCやサムソンに米国内での増産を要求し、本線では、インテルのファウンドリ事業参入や、4月の半導体サミットで純粋な米国資本のファウンドリであるスカイウォーターが入っていることから明らかなように、ファウンドリの国産化である。7月、米インテルのゲルシンガーCEOは、TSMCのアリゾナ州新規生産設備建設に対して米政府が助成金を拠出するという意志決定を行ったことに対して米国の半導体産業の競争力を損なうとして批判している。インテルの観点からみると「TSMCのみが安定した生産が可能とされる微細化が極限まで進んだチップこそ、米国を代表するIDMメーカーである同社が生産するべきであり、米国が半導体分野における競争力を損なわないために、同社がTSMCにキャッチアップするために補助金が拠出されるべき(それをインテルにとって直接のライバルであるTSMCに資金を拠出するのは何事か)」といった考えでこのようなコメントがなされたのであろう。このように、米国では「米国企業による国内半導体生産能力増強」が議論の根幹にあり、日本のそれとは本質的に異なる。例えば、「車載向け半導体大手のルネサスに生産能力増強のために補助金を供出する」等の議論がなされたであろうか?日本は外資系であるTSMCに研究開発費用を拠出し、TSMCから国内企業に対する技術供与を期待しているような論調がみられるが、そもそもTSMCに自社の競争力の根幹である技術を日本企業に供与するインセンティブはあるのだろうか?日本企業が世界的に非常に高い競争力を維持しているレガシー分野の半導体(パワー、センサー、オプティカル半導体等)分野の技術流出につながらないだろうか?
「国際分業が進んだ半導体産業を自国回帰させ、自国において生産する場合の超過コストを支払っても半導体生産技術・能力の世界的覇権を確固たるものとする(対中国の安全保障においても重要と位置付けている)」というのが米国の基本戦略であるとして(勿論、「生産コストの上昇を需要家が支払う必要があり、時代錯誤である」といった反対意見もある)、日本においてこれまで発表された政策措置から戦略がみえず、忌憚のない表現をすれば、米国の措置を表面的に真似ただけに見える。
今後は、6月に我が国の経産省からリリースされた資料に書かれている「国家として整備すべき半導体の種類を整理し、必要な生産設備を国家事業として主体的に進める」といった措置がどのようなものか期待する。米国の場合は、それが安全保障の観点からは最先端のロジック半導体とされているかもしれないが、日本の結論がそれと異なっても、国際的な位置づけが米国とは異なるので、「米国と異なる」といっただけで安易に批判すべきではない。歴史的にみて、日本の半導体産業は政府・官庁から足を引っ張られてきたため、「官」がここからどのような巻き返しを図るか注目すべきであろう。
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