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コミケ参加者「御用達」 能登で被災の印刷会社に届いた救いの手


 能登半島地震で被災した石川県珠洲(すず)市の印刷会社「スズトウシャドウ印刷」が4月1日、営業を再開する。同人誌印刷では全国的に名の知られた会社だが、設備の損傷や断水のため納期が迫った受注物の制作が間に合わない事態に陥った。一時は廃業も考えたというが、SNS(ネット交流サービス)で窮状を訴えたところ、救いの手が差し伸べられた。

 地震翌日の1月2日。社内では機械や棚が倒れ、紙や製本済みの受注物が散乱して出荷不能な状態だった。取締役の平野真由美さん(47)はX(ツイッター)で被災状況を報告し「入稿いただいたお客様、できる限りの事をいたしますが、状況によってはご相談の連絡をすることになるかもしれません」と投稿した。

 社長を務める平野さんの父が約40年前、同人誌印刷を始めた。北陸では唯一の取扱業者で、業界でも古株だ。国内最大級の同人誌イベント「コミックマーケット」や東京、大阪、福岡で開かれる「コミックシティ」参加者の「御用達」。自由に表現ができ、多くのプロも育てた同人誌とそのイベントを支える取り組みを引き継ごうと、医療系の仕事に就いていた平野さんは2019年、父の会社に転じた。新型コロナウイルス禍で収益は激減したが、どうにか乗り越えたところに元日の地震に遭った。

 一部社員の安否も確認できない中、頭を悩ませたのは目前に迫った1月7日のイベント用に注文してくれた顧客約60人への対応だった。1人あたり数十冊から数千冊を受注していたが、完成した本の出荷もできない。

 「数カ月前から準備してきたお客様が、うちの被災で本を出せなくなる事態は避けたい」。平野さんはXで苦境を訴え、イベント運営団体などに相談。すると正月休みや年末年始の繁忙期で余裕がないにもかかわらず、全国の同業他社が次々と手を挙げ、フル稼働で出版を代行してくれた。

 もう一つ幸運が重なった。印刷機など主な機械の損傷は、思いのほか軽かったのだ。印刷機の洗浄に必要な水道さえ復旧すれば、事業を再開できるめどが立った。ただ、平野さんは手放しでは喜べなかった。

 市中心部の会社から少し歩けば、至る所で家屋が倒壊しており、市内は再開のめどが立たない事業所も多い。多くの市民が断水に苦しむ中で、直接復興には貢献できない印刷業が「貴重な水を使って事業を再開していいのか」という迷いもあり、廃業も考えた。

 そんな時、市内の酒造会社がSNSで発信した一枚の写真に目が留まった。写真には地震で崩れた自社のがれきの上で、新しい酒蔵の建設予定地と記した紙を持つ人の姿があり、復興へ誓いの言葉が添えられていた。これを見て、平野さんの気持ちは変わった。「諦めるわけにはいかない。全国のお客様からの励ましの声や支援いただいた業界にも恩返しをしたい」。社員11人の大半が会社に残る選択をしてくれた。

 珠洲市中心部は徐々に水道が復旧しつつあり、再開に向け機械の整備や調整を進めている。平野さんは「人とのつながりの大切さを実感した。復興は長い道のりだが、できることから始めて珠洲の力になりたい」としている。【野原寛史】

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