【ほしのうつつ】童謡を聴きながら

本エッセイは、ライター・HOSHIさんによる文章と、アマナイメージズ クリエイティブディレクター・松野正也によるフォトキュレーションでお届けします。

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夕方、近所を歩いていたら、自転車に乗った親子が歌を歌いながら楽しそうに横を通りかかった。

二人が歌っていたのは『かめの遠足』という童謡で、私も幼稚園の時に習ったものだ。めちゃめちゃ懐かしい。

「かめの遠足は 三日前からリュックサックに おかしをつめる
かめの大好きな チョコレートはベタベタ溶けて もう食べられない」
(かめの遠足より)

もう何度も歌った曲で今でも空で歌えてしまうのだが、改めてこの歌詞を見ると、かわいらしさにふふっとなって心が緩む。

昔はこれを歌いながら、「かめさんは本当にかわいそうだ」と悲しい気持ちになっていた。足が遅いから、みんなと一緒に遠足に行けないんだ、と。軽いトラウマみたいな曲でもあった。

幼い頃というのは、事の全体像を把握することがとても苦手である。

「絵本の◯ページのこの絵がなんか不気味」
「このお店の看板に書いてあるこの絵の顔、怒ってるみたいでなんか嫌だ」

そんな小さな恐怖感が一度でも頭に記録されると、「=これ、めっちゃ怖い」となってしまう。『かめの遠足』に関してもそういう感覚だった。しかし、今改めて聴くととてもハッピーな曲だ。

「のんびり行こう のんびり行こう
ゆっくり行けば まだまだ続く」

のんびり行けば、楽しいことはずっと終わらずに済む。こんなスーパーポジティブな感覚、今まで持ったことがあっただろうか。

根が暗い人間であるせいか、楽しいことを楽しい!と思うより、楽しいことが終わった後の鬱みたいな感覚があまりに辛くて、もう楽しいことなんかなくてもいい!!とすら思うようになった。学生を卒業したあたりからは、特にそうだ。

ワクワクする予定が近づくと、すでにその日が終わってしまうことに絶望して酒を飲みだす。翌日の仕事のことなんかを考えると、より心が死ぬ。

一方かめさんは、ゆっくりゆっくり準備して、その過程の一つ一つを堪能し、ずっと続く遠足を楽しむらしい。なんてキュートなんだろう。その感覚が欲しい。

微笑ましい親子に出会って帰宅した後、インターネットから引っ張ってきた『かめの遠足』をイヤホンから流し、ふむふむとベッドに寝っ転がる。

近々ある楽しい予定をいくつか数えながら、ちょっと切なくなった。のんびり行こう、のんびり行こう。かめさんみたいに、楽しい気持ちがずっと続けばいいのに。

 

 

情報提供元:PORTFOLIO
記事名:「【ほしのうつつ】童謡を聴きながら