ほしのうつつ【おなかいっぱい】

本エッセイは、ライター・HOSHIさんによる文章と、アマナイメージズ クリエイティブディレクター・松野正也によるフォトキュレーションでお届けします。

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この間、居酒屋を二軒はしごして、お酒もおつまみもたらふく体に入れたあと、「最後にもう一軒だけ!」と、言われるがままに三軒目に入った。

もう、完全にシメのつもりだ。

ついつい入ったその居酒屋は、海鮮にとてもこだわりがあり、旬の魚はもちろんのこと、名前も聞いたことのない魚が手書きのメニューにずらり。

年季の入った小さな黒板に書いてある“本日のおすすめ”のチョイスも良く、「この魚はね、今日たまたま一匹だけ仕入れたんだよ」と店主のひと言。他の貝も野菜も、見る限り本当に「本日の」おすすめなんだろう。

酒は安い。しかもレモンサワーは必然的に「生レモン」サワーだった。カウンターには自家製のラー油が置いてあるし、メニューの一番端っこに書かれた海老だしのラーメンは「二日酔いでも食べれる」とそこにいた常連客が絶賛していた。

アタリだ。どう考えても三軒目に持ってきていいポテンシャルじゃない。

また後日来てみよう、と思いながらレモンサワーをすすっていると「これがうまいんだよ、サービスだよ」と小さな魚の唐揚げにポン酢とネギを添えたものをトンと目の前に置いてくれた。

これがまた美味しく、私もサービスしてくれた店主を喜ばせたい気持ちから「おいしい、こんな魚食べたことない」と言った。

すると店主はニコニコして、これも食べな。とこれまで見たことないような素晴らしくフカフカで肉厚な焼き魚の皿をトン。

「え、いいんですか?」と言いつつ、おなかはこの店に来る前からすでに限界。見上げると店主はニコニコしている。

「こんなフカフカな焼き魚、食べたことないです」また私は言ってしまった。

気を良くした店主は、これも飲みな。と魚のアラをふんだんに使った、どの角度から見てもうまい味噌汁をまたトン。「ご飯も食べな。新米だよ。つやつやだよ」

気がつくと目の前には魚の唐揚げ、焼き魚、あら汁、ご飯が並んでいた。午前三時。どうしてこうなった。

店主の優しさを裏切るわけにはいかない。なんとか最後まで食べきりお会計する頃には、もう頭のてっぺんまで食べ物が詰まっているような気がした。

人は満腹になると、どんなに美味しいご飯も、どれも平等に「苦しい」という感情で終わってしまうのがとても残念だ。

もしかすると、好きなものが好きじゃなくなってしまったのは、お腹いっぱいなだけなのかもな。腹が減っては戦はできぬ。でも、腹いっぱいでも戦えぬ。

最近お腹いっぱい状態の、あんなことやこんなことを思い浮かべながら、「苦しい〜」と胃から溢れないようにゆっくり歩いて帰宅した。

 

情報提供元:PORTFOLIO
記事名:「【ほしのうつつ】おなかいっぱい