イギリスに移り住んでからしばらく経ったころ、乗馬を題材にした小説『ブラックビューティー』を読んだ娘から、乗馬がしたいといわれた。

 

なんてイギリスっぽいのかしらと、さっそくご近所にお願いして自宅から車で約7分の乗馬スクール、ウイローツリーを紹介してもらった。日本の乗馬クラブに行った事はないので、正確には比べようもないが、ウイローツリーはとにかく古ぼけたものだった。オフィスは古くなったコンテナハウス、トイレはバケツにシートがついたもので、大雨や強風になると、みんな大急ぎで馬のボックスの屋根にくぎを打つというレベルだった。

 

でもロンドンでも(馬の世界では)綺麗な馬が多い、という事で有名だったらしい。週末はティーンエイジャーの子たちがヤードマネジャーの監視のもと、30分のレッスンがフリーという特典をもらい、一日中馬の世話をしていた。なのでイギリスでは、あまり乗馬はお金持ちの趣味という感が少ない。

 

もちろん馬の維持にはお金がかかる。そこで特に私達が通ったウイローツリーでは、本当に馬が好きな人たちが馬たちの世話をし(多い時では60頭もいた!)、レッスンを受け、チャリティのイベントなどにかかわり必要な資金調達をしたりして、助け合いながらみんなでスクールを運営していたような感じが強い。そしてそこでみんなが、いろんな意味で「育って」いった。

 

 

 

私にとってはすべてが珍しく、しばらくは娘に付き添ってヤードに通っていた。

そんな私が「乗馬は70歳になってもできるのよ。ユカリはいつはじめるの?」とオーナーのジャンにいわれて、いい気になって乗馬をはじめ、そして馬の世界にクビまでどっぷりつかるのにたいした時間はかからなかった。

 

イギリスは、乗馬人口がきっと日本よりも多い。こちらの子は、バレエか乗馬を必ずといっていいほど小さい頃に経験している。娘の小学校の先生にも、「最近きみか(娘)は馬の話をよくしてくれるの。私もずっと馬が好きだから、話があうのよ」とうれしそうにいわれた。

 

バースデーパーティも、乗馬スクールに同じクラスのお友達をよんで馬の上で楽しんだりした。娘も含めて子供たちは、そこで馬という動物との付き合いや、馬をはさんだ向こう側にいる仲間たちとの付き合いを学ぶ。さらには馬を愛する喜びと、馬をなくす悲しみを一緒に経験して学んでいく、そんな場所だったのだろうと思う。

 

 

夏になると、ローカルの競技会のような物が行われる。私達もナマイキに随分昔参加したことがあるけれど、タフなレッスンを受けて、細かいドレスコードにそってジャケットだの、ブーツだのをそろえ、仕上げはグルーマーに頼むとは言えども馬を洗ったり磨いたり、とても大変だった。

私が乗っていた当時の馬はマンフライデーといって、アイリッシュドラウトとサラブレッドのハーフで「ハンタータイプ」の馬だった。乗馬の部では、濃紺のジャケット、白いシャツ、白いジョッパーズにレザーのブーツに白い手袋だった。インハンド(馬をひいて、リングにでる)では、ハンタータイプの彼にあわせて白いシャツ、ネクタイ、ツイードのジャケットに、クリーム色のワークパンツ、アンクルブーツ、手袋は茶色いレザー、そしてスティックは竹製のものだった。この場合は胸に小さな花をつけてもよく、ジャンが黄色い可愛らしい花をさしてくれたのを覚えている。

 

 

みんな結構シリアスだけれど、ピクニックを広げて楽しんだり、他のスクールの馬を見にいったり、短いイギリスの夏の素敵なイベントでもある。

 

 

そんな、かれこれ20年も私の心のよりどころだったウイローツリーも、土地の持ち主が心変わりをした…ということだけで、その門を閉じる事になった。

 

スクールでは何十年ものあいだ、身体の不自由な子たちのレッスンも、騎馬警察のトレーニングも行われていて、土地のみんなに愛されていたスクールだっただけに沢山の人から惜しまれた。私もここで何頭もの馬に乗り、世話をして、涙もでないほど悲しい想いをして「見送り」ながら、 いろんなことを経験した。

 

 

今は、最愛のエドワードというここ6、7年の付き合いになる生粋のやんちゃなアラビアンホースに会いに、ジャンの新しいコテージに行っている。スクールの馬たちのうち、大きな馬たちはジャンのコテージのヤードに落ち着き、その他の馬は郊外のフィールドでリタイア生活をしているのだ。

 

レッスンは、ロンドンの東部郊外にある大きな乗馬スクールにいって受けている。さすがにここは、人種のるつぼのロンドンにあるだけあって本当にいろんな国の人が来ていて、雰囲気もオープンだ。「私のいっている事わかる?もし早口すぎたらいってね」とインストラクターがポーランド人の女性のレッスン中にいっていた。

 

馬に触った事もなかった日本人の私がイギリスでここまで「馬人間」になったのにはいろんな理由があると思うけれど、馬と私のあいだには「英語」も「日本語」も存在しなかったという事が一番の理由じゃないかなと思う。馬は、私がどこからきていようと、どんな仕事をしてようと、全く関係ないのだ。元気なときも疲れてる時も、ストレスがたまっている時も、落ち込んでいる時も、馬に乗る瞬間にいろんな感情はすべて地面に置き去りにする。馬と私の新しい時間だからだ。

 

 

私は何度もマンフライデーや、エドワードの鼻歌を聴いた事がある。インストラクターや馬仲間に「私達には理解できるけど、馬に関係してないひとにはそんなこといわないほうがいいよ」と笑われたけど、まちがいない。彼らはレッスンの最中に上機嫌になると、鼻歌を歌うのだ。長年つきあっているとそれが聞こえるようになる。最高のひとときだ。

 

 

馬とつきあうようになってから、自分には嘘がつけないという事を学んだ。

辛いときはつらいのだ。そして、それを大丈夫にするのは自分でしかない。

 

“Patience is a virtue”という言葉がある。「忍耐は美徳」というのが直訳だけれど、私の場合は「諦めずに何かをこつこつとやりきることが自分の人間としてのクオリティを上げる事」と受け取っている。それはまさに、イギリスの馬たちが何年もかけて私に教えてくれた事だ。

 

 

 

 

 

yukari sweeney

 

 

 

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記事名:「イギリスの馬たちが、何年もかけて私に教えてくれたこと。【my lovely simple life in London vol.10】