REAPSと総称する低公害技術によってロータリーエンジンの排出ガス対策に目途をつけた1970年代中盤の東洋工業(現マツダ)は、次なる段階としてロータリーエンジンを搭載する新世代のスポーツモデルの開発に勤しむ。軽量でコンパクトなロータリーだからこそ可能となる車両デザインで仕立てたニューモデルは、1978年に「サバンナRX-7」の車名で市場に放たれた――。今回は国産ライトウェイトスポーツの代表格の1台とも称される孤高のロータリースポーツカーの話で一席。

 

【Vol.114  初代 マツダ・サバンナRX-7】


アペックスシールやコーナーシールといったガスシールの改善、サーマルリアクター(排気ガス再燃焼装置)の反応性の見直し、EGR(排気ガス再循環装置)の組み込みなど、REAPS(RE ANTI POLLUTION SYSTEM)と総称する低公害技術を採用してロータリーエンジンにおける昭和53年排出ガス規制を克服した東洋工業。その改良に目途がつくのと合わせて、開発陣は進化版ロータリーエンジンの完成を象徴する新たなスポーツモデルの企画を鋭意推し進めた。


1970年代後半は排出ガス問題や省エネなどが災いし、スポーツカーにとっては不遇の時代だった。その逆風の中でまったく新しいロータリースポーツを造ろうとしたのだから、東洋工業の勇気と覚悟は相当のものだっただろう。当時の開発スタッフは、「とにかくロータリーの火は消したくなかった」と振り返る。さらに、「新しいロータリースポーツは、“小型・静粛・高性能”というロータリーエンジンの特長を目いっぱい表現したモデルに仕上げる」と意気込んだそうだ。

 

 

■車両デザインの決め手はロータリーエンジン

 

新しいロータリースポーツの車両デザインを決めるにあたり、まず開発陣は運動性能を高めるためのエンジン搭載レイアウト、“フロントミッドシップ”を想定する。小型で軽量なロータリーエンジン(12A型573cc×2ローター)の特性を活かして、前車軸後方とコクピットとの間に動力源を収めようとしたのだ。そのためにシャシーは新たに設計し、最終的にSA2と称するプラットフォームを完成させる。全長×全幅は4285×1675mm、ホイールベースは2420mmに設定。車重は1トンあまり(市販時のGTグレードで1005kg)と軽く抑え、重量配分については前50.7:後49.3というほぼ理想的な数値を実現した。

 


スタイリングについても、小型かつ低重心なロータリーエンジンの特長を巧みに具現化する。フロントノーズにはリトラクタブル方式のヘッドライトを組み込み、かつ思い切り低く設定。そこからテール部まで一気に強いウエッジをつけた。コクピット部は丸みを帯びたキャノピー(風防)型でデザインし、同時に車高を1260mmと低く設定する。リア部はフロントからのウエッジラインをすっぱりと切り落とした造形で構成。フロントからテールに至る空気の流れがスムーズに通るようにアレンジした。また、全体の空気抵抗係数(Cd値)は、0.36という優秀な数値を達成する。


開発陣はキャビン空間のデザインにも力を入れた。リア部にはガラスハッチを採用し、積載性のアップと同時に良好な後方視界を確保。また、閉断面構造の強化フレームをセンターピラーからルーフへロールバー状に配し、高いキャビン剛性を実現する。ほかにも、タコメーターを中心にレイアウトした計器盤やφ380mmのステアリングホイール、ヒール&トゥのしやすいペダル配置、サイドサポート性に優れたシートなど、スポーツ走行に適した装備を精力的に盛り込んだ。

 

 

■空力特性にさらなる磨きをかける

 

進化版の12Aロータリーエンジン(130ps/16.5kg・m)を搭載し、本格派スポーツモデルに仕立てた新しいロータリー車は、1978年3月に「サバンナRX-7」(SA22C)の車名を冠して市場デビューを果たす。折しも当時は“スーパーカー”がブームの時代。リトラクタブルライトを配したワイド&ローのスタイリングを纏ったサバンナRX-7はたちまち大人気となり、発売と同時に多くのバックオーダーを抱えることとなった。また、スポーツカーの本場であるアメリカ市場でも高い人気を獲得。ポルシェ924に似たルックスのスポーツカーが手ごろな価格で手に入るということで、親しみを込めて“プアマンズ・ポルシェ”などと呼ばれた。

 

東洋工業の開発陣はデビュー後も、サバンナRX-7の改良を着実に図っていく。1979年3月には内装のアレンジを高級化し、かつサンルーフを備えたSE系グレードを追加。1979年10月にはロータリーエンジンが希薄燃焼化される。1980年11月にはマイナーチェンジを敢行し、ボディと一体形状のエアダム付ウレタンバンパーを採用するなどしてCd値を0.34へと引き上げた。また、エンジンおよび車体の軽量化やエンジン内部のガスシール性の改善なども行い、燃費性能を向上させる。1982年3月になると2度目のマイナーチェンジを実施し、内外装デザインの一部変更とともに、ロータリーエンジンの6PI(シックスポートインダクション。3つめのオグジュアリーポート=補助ポートの吸気系に制御バルブを設定し、エンジン回転数や負荷に応じて2ポートと3ポートを使い分ける仕組み)化を行った。そして1983年9月には、12Aロータリーターボエンジン(165ps/23.0kg・m)搭載車をリリース。この仕様には新開発のタービンブレードやマイコン集中制御などの新機構が組み込まれ、メーカーでは“インパクトターボ”と呼称する。また、外装面では新ボディカラーの採用やフロントエアダムスポイラーへのブレーキ冷却用エアインテークの設置、14インチホイールおよび60偏平タイヤの装着などを実施した。

 

「ロータリーがデザインした車」というキャッチコピーの通り、ロータリーエンジンの特性を存分に活かした車両デザインと俊敏な走りで好評を博した初代サバンナRX-7。その基本コンセプトは、1985年10月にデビューする2代目にも確実に踏襲されることとなったのである。
 

情報提供元:citrus
記事名:「社員の“勇気と覚悟”で誕生した「孤高のロータリースポーツ」【中年名車図鑑|初代 マツダ・サバンナRX-7】