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「菅田将暉似の30代」に入れあげる60代女子。なぜ彼女は“借り物の彼氏”に走ったのか?




2018年12月。都内某所のマクドナルド。暮れも押し迫ったこの日、私は何度か逃げられた“伝説のポケモン”を捕らえようと、レイドバトルに挑んでいた。モンスターボールは、残りあと一球。なんとかポケモンをつかまえたとき、私と、隣にいた女性も「やった!」と声をあげた。思わず、顔を見合わせて笑う私たち。



 



「取れました?」

「はい! おかげさまで」

 



これをきっかけに、私たちは少しの間おしゃべりした。彼女――ミヨ子さんとしておく――は、60代後半くらい。黒のニット帽に臙脂のロングニット、黒のパンツ。ゆるくウェーブをかけた黒髪は肩先ほどの長さだ。 『ポケモンGO』は「面白いし、健康にいいから続けている」そうで、すでにレベルは40に達しているという。

 



「すごいですねぇ」と私。



「ふふ。今日はこれからデートなの」と彼女。



「あら、いいですね!」



「写真見る?」



 



……といってミヨ子さんはスマホの待ち受け画面を見せてくれた。彼女の隣で、菅田将暉をワイルドにした感じの30歳くらいの青年が笑っている。





「うわ! カッコいいじゃないですか!」

「でしょう? ……“借り物”なんだけどね」

「へぇ……えっ!?」



 



 



■60代女子が「借り物」彼氏と出会うまで



 



ここからミヨ子さんは、自分と“借り物の彼氏”の話をしてくれた。



 



元薬剤師であること。一人娘だったこと。40歳目前で相次いで両親が倒れ、二人を見送るまで一人で面倒を見てきたこと。手に職をつけようと思って薬剤師になったけれど、若い頃は目が回るほど忙しく、男性と遊ぶヒマもなかったこと。



 



「繁盛してる病院にいたから気が休まらなくてね。次から次へと薬を袋詰めしてると、なんだか工場で働いてるのと変わらない気になってきたもんよ。今は薬は調剤薬局で出してもらうけど、昔は病院と一緒だったから」

 



そうやって夢中で働いて、両親も失くして一人で生きてきた。でもあるとき、ふとさみしさがこみ上げて“リュウくん”を呼んだのだという。

 



“リュウくん”がいわゆるレンタル彼氏なのか、レンタル家族なのか、それとも女性用風俗のスタッフなのか、詳しいスタンスはわからない。ただ「お金を払って付き合ってもらってるの」とのこと。不思議なのは、なぜ見ず知らずの私にそんなことを話してくれたのかということだ。赤の他人なのだから、何も言わず“素敵な彼氏”を自慢すればいいものを。



 



 



■若い頃に“しそびれた恋”を味わいたい



 



そのとき、ミヨ子さんがパッと顔を上げた。見ると、さきほど待ち受けで微笑んでいた青年が入り口に立っている。私は二人の邪魔をしないよう、彼女から少し離れた。

 



リュウくんは白のニット帽に紺色のパーカーを羽織り、エドウィンのルーズデニムを穿いていた。身長は180くらいあり、体格もなかなかいい。コーヒーとキャラメルメルツを載せたトレイを手に、こちらに向かってくる。



 



「遅くなってごめん」とリュウくん。



「今日は来ないかと思った。いつもメールくれるのに、くれなかったから」とミヨ子さん。少女のようにすねている。



「しようと思ったけど、もう近くまで来てたから。ほら、食べなよ?」



リュウくんがキャラメルメルツを差し出すと、ミヨ子さんはフォークをグーで握ってもくもく食べ始めた。時折上目遣いにリュウくんの顔を見る。

 



彼はそんな彼女を見守りながら、「ああ、今日はよく食べるね」と笑う。



 



「だってお腹すいたもん」ミヨ子さんは帽子に手を当てて口を尖らせる。

「帽子ってあまり被らないけど、リュウくんにもらったこれは好き」

「お役にに立ってるならよかった」

「それももらっちゃおうかな?」

「これあげたら、被るのがなくなっちゃうよ」リュウくんが苦笑する。



 



リュウくんは、チャラくもなければ、いかにも“夜”っぽい雰囲気の男性でもない。おしゃまな妹を見守る優しい兄のような顔をして、そこにいた。



 



「今日はどうする? カラオケ行ってみる?」とミヨ子さん。

「そうしようか。先にお手洗い行っておきますか?」

「大丈夫! そんな心配しないで! ……ねぇ、それより、どうしても年末年始はリュウくんを予約できないの……?」

「ごめんなさい。僕、年末年始は法事があって、どうしても帰省しないとなんです」



「……」



「さ、行きましょう」



 



リュウくんがなだめるように言って、ミヨ子さんを促す。うつむいて彼の手を取った彼女は「法事、延期できないかなぁ……」とつぶやいた。

 



去りぎわ、ほんの少しだけ私と目を合わせ、ミヨ子さんは出ていった。さっきまでヤンチャにポケモンの話をしていたのに、いとけない娘のようなしぐさが少し切ない。

 



年末年始、リュウくんは“予約”できない。もしかしたら、法事というのはウソかもしれない。けれどそれ以上踏み込んではならないのが、“借り物の恋人”と過ごすルールなのだろう。彼のことを私に話したのは、かすかな自嘲や罪悪感によるものか。

 



彼女は、若いころにしそびれた“男性に甘えて、可愛がってもらう恋”を今味わっているのだろう。たとえ切なくても、これを手放すのはもっと辛いのだ。

 



ポケモンのように、ミヨ子さんがリュウくんをつかまえられたらいいのに……。そんなふうに思いながら、私は次のレイドバトルに向かった。


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