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漫画家の新條まゆ先生が考えた「世界最強の爆薬」は実は正しかった!



新條まゆ先生のマンガ『エリート!! ~Expert Latitudinous Investigation TEam~』にとある世界最強爆薬の分子モデルが登場します。


これは「ドデカニトロヘキサプリズマン」では? しかも、まだ誰も合成に成功していない物質、つまり非実在化合物です。存在可能性を示す論文が発表されるより前になぜ……?


ちょっと小難しい話になりますが、サイエンス小噺がお好きな方、この分子モデルを描いた先生がすごいってことも含めて(優秀なブレーンがいる?)、最強爆薬誕生までの道のりをご紹介しましょう。


オトナの理科の時間です!



非実在化合物


ドデカニトロヘキサプリズマン。この呪文のような文字列は、新條まゆ先生のマンガ『エリート!! ~Expert Latitudinous Investigation TEam~』第2巻に登場する世界最強の爆薬の名前です。炭素原子12個にニトロ基が12個もついていてものすごく強そうな物質なのですが、実はこれ、2017年現在の化学では誰も合成に成功していない非実在化合物だったりします。


▲作中で物質名は出ないが、この分子モデルはドデカニトロヘキサプリズマンだ(『エリート!!~Expert Latitudinous Investigation TEam~』第2巻75ページより引用)。


しかし、まったくの空想の産物というわけでもありません。コンピュータ上での電子構造計算では実在できる可能性が高く、中国の南京理工大学化工学院の分子・材料科学研究所のチームが合成に取り組んでいたりするので、いつか実在の物質となる日が来るかもしれないのです。


ちなみに、化学の専門誌にドデカニトロヘキサプリズマンが存在可能だという論文が発表されたのは 2013年。そして、南京大学がコンピュータ上の計算ではできそうだから合成に挑戦すると発表したのが 2014年4月です。


一方、このマンガ(第2巻)が発売されたのは 2011年10月26日で、初出(雑誌掲載)はさらに前となります。


ということは、いったい新條まゆ先生は元ネタをどこから持ってきたのでしょうか? だれか、マンガよりも先に論文発表した人をご存じでしたら教えてください。


化学物質の命名法


「新條まゆ先生が未来を予知していた!」というオチが付いてしまいそうな展開ですが、ちょっとお待ちを。「すごい爆薬の構造式を考えて正しく命名する」ぐらいのことは、ちゃんと教科書を読んで有機化学を勉強していれば不可能ではありません。たとえば「ドデカニトロヘキサプリズマン」の場合は、化学物質名のルールに従って「ドデカ」「ニトロ」「ヘキサ」「プリズマン」と分解できます。


「ドデカ(dodeca)」とは「12」を意味する接頭辞。決して分子がデカイわけではありませんよ。爆薬には必須のニトロ基(窒素1個と酸素2個が繋がったもの)が 12個ついている化合物なら、ドデカニトロ~という名称になることが容易に求められます。有名なTNT爆薬こと「トリニトロトルエン」も、トリは「3」を意味する接頭辞なので、「3つのニトロ基がついているトルエン」という意味です。


「ヘキサ」も同じく数字の「6」を表す接頭辞。そして、炭素でできた角柱(prism)を「プリズマン」と呼びます。つまり、「ヘキサプリズマン」は炭素でできた六角柱(炭素6個の六角形をふたつ重ねた形状)の化合物というわけ。


ちなみに、現在のところ、実在するのは三角柱(トリプリズマン)、四角柱(テトラプリズマン)、五角柱(ペンタプリズマン)まで。六角柱(ヘキサプリズマン)や七角柱(ヘプタプリズマン)はいまのところ合成には成功しておらず、理論上の存在となります。


というわけで、こうして一定のルールにのっとって単語を並べてやれば、架空の物質名を考えることはそれほど難しくないのです。


仮説上の化合物


南京大学が言うには、ドデカニトロヘキサプリズマンの威力は『アリエナイ理科ノ教科書3C』で“最強の爆薬”として紹介した「オクタニトロキュバン」を超えるそうです。しかし、アメリカの高エネルギー物質研究所(High Energy Materials Research Laboratory)は中国に負けまいと、「オクタアザキュバン」がさらに上を行くと主張。ただし、こちらも現時点では非実在化合物にすぎません。理論上存在できるはずと言ってるだけです。窒素が 8個、箱型に繋がっているだけの単純な形なんですが、最強らしいです。


さらにさらに、ドデカニトロヘキサプリズマンの炭素の一部を窒素に置き換えることでより威力が強化される「ヘキサニトロヘキサアザプリズマン」が理論上存在可能だとする論文も発表されています。なんか、世界規模での「ボクの考えた最強爆薬」合戦になっている印象ですね。残念ながら、日本はこの分野では完全に蚊帳の外という感じなんですが……。


ただし、このように計算化学(コンピュータ上の計算で研究する分野)によって生まれた化合物は、実際に作る手順を考え付かなければただの絵に描いた餅。どこかの天才が実際に合成に成功するまでは「仮説上の化合物」と呼ばれます。


そして、合成できたとしても計算どおりの威力が出るとは限りません。爆薬の威力は、分子構造だけで決まるわけではないからです。結晶構造や充填密度など、さまざまな要素が複雑に絡み合うため、単純に「ニトロ基が沢山ついていれば強い」というわけではありません。たとえば「ペンタニトロアニリン」は TNT よりもニトロ基が 2個多いのですが、実際に作ってみたところ、特に優れた威力は発揮できませんでした。


また、威力が出たとしても、不安定だったり毒性や腐食性が高かったりして、不採用になることもよくあります。日本軍が日露戦争で使った下瀬火薬は、三拍子(毒性・腐食性・不安定)がそろってしまい、しかも TNT より特に強いわけでもなかったので消えていきました。


最強爆薬完成の道のり


スーパーコンピュータを使って最強の爆薬を考える研究は、1980年代にはすでに行われていました。現在実用化されている爆薬で最強とされている「ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン」(略称「HNIW」、別名「CL-20」)は、その方法で生まれたのです。ただし、この HNIW を実用的といえるレベル(簡単、安い、大量)で合成する手順が開発されるまでには、長い時間がかかっています。


HNIWは、4段階合成法によって、初めて“大量生産”(kg単位の話。戦争に使える万t単位の段階ではない)が可能になりました。ただ、この方法では、高価なパラジウム触媒を使い捨てにしなければならなかったため、HNIW のお値段は 1kg当たり6,600ドル(約74万円)以上。参考までに TNT爆薬は 1kgで 13,200円なので、その約56倍という高級品です。


それから 9年かけて研究を進め、簡単な材料で作れる 3段階合成法が発見されます。お値段は 1kg で 24,000円ちょっとと、TNT爆薬の 2倍以下にまでコストダウンに成功。これなら連続して大量に製造できるということで、実用化のメドが立った……かと思いきや、化合物が作れただけではまだダメ。


合成できてもフラスコの中で溶媒に溶けている状態では爆薬として使えません。安定・高密度の「固体」として取り出す必要があります。乗り越えなければならないもうひとつの壁、それが「分子結晶」です。多数の分子が分子間の相互作用で結びついて塊になっている状態のことで、たとえば“白い粉末”などは化学物質が結晶化した姿です。


HNIW には、準安定型結晶の α(アルファ)・β(ベータ)・γ(ガンマ)型と、安定型結晶のε(イプシロン)型、この 4種類があります。なぜ δ(デルタ)型が抜けているのかというと……、理想の結晶状態をコンピュータで計算し、実際に作ろうと七転八倒したのですが、計算理論に間違いが発覚。δ型は実在できないことが判明して欠番になったのです。コンピュータの計算に頼りすぎた現代ではよくある話ですね。


さて、準安定型の 3種類は、密度が低い(1.97g/㎤)上に不安定で、自爆事故が怖くて兵器には使えませんでした。その後、ようやく発見された第4のε型結晶では密度も高まり(2.04g/㎤)、爆薬として安定化。これによって実用化のメドが立ったのです。α・β・γ型の爆速が 9,100m/sのところ、ε型の爆速は 9,400m/s。結晶の構造次第で、性能は大きく異なります。


ところで、結晶というものは、一度、核ができてしまえば、それに倣ってどんどん固まっていきます。種となる結晶を用意すれば、同じ結晶の塊をいくらでも取り出せるのです。ただ、“最初の1個”を手に入れるのが大変に難しい。この ε型の場合も非常にユニークでした。α・β・γ型の3種類を溶媒に溶かして煮込んでみたら、今まで見たことのない結晶ができており、それがε型だったというのです。有機化学の専門家にとっては、「どうしてこうなった」と叫びたくなるような意外な方法でした。


実用品最強爆薬の HNIW は、理論上の発見から合成に成功するまでに8年、低コストで大量生産できるようになるまでに 9年、安定結晶の発見にさらに 3年。というわけで、理論計算ができてから実用化まで 20年もかかっているのです。


「ボクの考えた最強の爆薬」を妄想するだけならパソコンのソフトいじって 30分ぐらいでできますが、実際に作るには何十億円単位の研究費と、10年以上の歳月が当たり前。「言うは易く行うは難し」ということわざのとおり、新條まゆ先生の考えた事実上世界最強の爆薬が実用化されるには、まだ 10年以上はかかるんじゃないでしょうか?


※本コラムは月刊ゲームラボ2017年5月号連載「NEWア理科+」より一部を転載したものです。


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