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「笛は月夜に良く似合う。さあ、私にもお琴を持ってきておくれ」素敵なムードがぶち壊し! 風流ごっこの裏に秘められた不安と祈り~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~



「絶対に返事しない!」固い決意の裏の不安


浮舟を亡くなった自分の娘の代わりとして可愛がる僧都の妹尼。そこへ娘婿だった青年・中将が現れ、浮舟の姿を垣間見てしまいます。「彼とこの姫がくっつけばいいのに」というおばさんたちの思惑をよそに、手紙のやり取りを断固拒否する浮舟。自殺未遂までしたのですから、もう恋愛沙汰は懲り懲りです。


一旦は引き上げたものの、中将は(何にそんなに悩んでいるんだか知らないが、なんとも気になって仕方ない)。今度は鷹狩のついでに再び尼君の庵へ。ストレートに「お姿を拝見してから落ち着いていられなくて」と声をかけますが、当然浮舟は完全スルー。


見かねた尼君は「誰か他に待っている方がお有りになるようですわ」と助け舟を出し、元・お婿さんとの会話へ。熱心に迫る中将に母親ぶって応対したのち、浮舟の所へ来て「あまりに冷たすぎるんじゃありません? 何か一言でもお返事なさったら。こんな寂しい山ぐらしですもの、人とのつながりは特に大切にしなくては」


「お返事といっても、どう申し上げて良いかもわからぬ私です。何事も不出来な、つまらない人間ですので」。浮舟はそっけなくこういって臥せってしまい、追って来た中将の和歌にも取り合いません。


一度返事をしてしまえば、次も次もということになって、もうそんなの考えただけでもイヤ!! こんなことではいずれ、私が生きていることが知れてしまうのじゃないかしら? と気が気ではありません。


「月の綺麗な夜だから」俗っぽいおばさん尼の風流ごっこ


しかし尼君以下、事情を知らぬここのおばさんたちはそうは思いません。(せっかくいい感じの人が自分に好意を持ってくれているのにそれを無視するなんてあんまりだわ。かわいそうじゃない! もののあはれを感じる心もないのかしら?)と言わんばかり。当然ながら、昔からよく知っている中将に同情がちです。


「この方はお立ち寄りのついでに、あなたの境遇にご同情して声をかけてくださったのです。そんなに身を固くしないで、お返事の1つや2つなさっても何も起こりやしませんよ。色っぽいお返事でなくてよろしいですから、失礼のない程度にお返事なさいまし、さあ」。


浮舟を引き動かすようにしてせっつくおばさん尼。しかし浮舟は知っています。こういったやり取りから「何もない」という結果が起こり得ないことを。薫が初めてやってきたときも、そして匂宮と遭遇したときも……。


(ああ、これ以上なく嫌な人生だからこそ、もうおしまいにしたかったのに! どうして私はまだ生きてこの世をさまよっているの? とにかく、誰からも死んだものとしてすっかり忘れ去られたいのに……)


残念なことに(出家したはずなのに)俗っぽいおばさん尼たちは青年の訪問に浮かれ、下手な和歌を詠み合って風流ごっこに夢中。先程の様子からも、今後がとても不安です。


中将はため息をつきつつ、笛を取り出して静かに吹いたのち、浮舟の塩対応にがっかりして帰ろうとしますが、音楽好きな尼君はそれが残念でたまらない。せっかく素敵な秋の夜なのに!


「どうして、こんな素晴らしい夜を不意になさるの」と、彼を引き止めるために「姫君がこう仰っていますわ」と嘘の和歌を捏造。(おや? 風の吹き回しが変わったか? これはワンチャンあるかも)と期待した中将は帰るのをやめます。


浮舟ピンチ! と思われたその時、部屋の奥から意外な伏兵が登場しました。


真打ち登場! ムード一転、おばあちゃんの独演会


ゴホンゴホンと咳き込みながら登場したのは大尼君。僧都と妹尼のお母さんで、御年80歳過ぎのご高齢。ちょっと認知症気味なのか、孫娘の配偶者だった中将を見ても誰だかよくわかっていないようです。


「笛は月夜にとても良く似合う。そこの人は琴(きん)の琴をお弾き。さあ、私にもお琴を持ってきておくれ」。中将は様子から(おばあちゃんが出てきたらしい。私の妻は死んだのに、こちらはまだまだお元気だなあ)と、早速リクエストに答えて笛を吹きます。


「いかがですか、次は皆さんもご一緒に」。もとより風流好きの尼君は「まあ、以前聞いたときよりずっと素晴らしく聞こえますよ。私の腕はすっかり錆びついて、おかしなところだらけでしょうけど」と謙遜しつつ、一曲。


尼君が演奏したのは琴(きん)は、今までは源氏や女三の宮など皇族の人が主に演奏してきた楽器です。ここでは「現代の人はあまり琴を好まなくなって、引き手も少なくなってきたためか、その音色は珍しくしみじみと聞こえる」と描写されています。すでに時代遅れになっているという意味合いと、この人がもともと高貴の出である、というところが強調されています。


月影さやかな秋の夕べ、松風の伴奏も手伝って、笛と琴のセッションは大いに盛り上がります。おばあちゃんの大尼君は眠くなるどころか、いよいよ興がノッてきました。


「あたしはねえ、昔は和琴をとても上手に弾けたんですがねえ。今は演奏法も変わったのかしらねえ。


息子の僧都に「聞き苦しい、念仏以外のことはしないように」と叱られて、それからずっと弾いていないのだけど、ここには実にいい和琴があるのよ」と、弾きたそうにチラチラ。


中将は忍び笑いして「僧都さまもおかしなことを仰る。極楽というところでは、菩薩が妙なる音楽を奏で、天女が舞い踊っているそうじゃありませんか。僕は楽器を弾くことがそんなにいけないことだとは思いませんよ。ぜひ、一曲お聞かせ下さい」


これにおばあちゃんは大喜び。尼君以下、女房らは一同困惑気味ですが、何と言っても息子の僧都に抗弁できるのもこの人くらいなものなので、何をか言わんやというところです。


和琴が到着すると、今までの流れをぶった切って早速演奏がはじまりました。その様子はゴホゴホしていた老人とも思えぬ颯爽としたものです。が、合わせて歌う歌詞は「たけふ、ちちりちちり、たりたんな」という、聞いたこともないフレーズ。


誰もついていけないまま、ピタッと演奏がやんだのを、おばあちゃんは(皆、あたしの演奏に聞き惚れているんだね)と解釈し、謎の古めかしい歌詞付きでを得々として演奏を続けます。もう、完全な独演会。


「これはすごい。今ではまったく聞かれない歌詞付きでお弾きになられましたね」。中将の褒め言葉も、耳の遠いおばあちゃんはそばの尼女房を介して聞き取り、ご満悦です。


「今どきの若い人は、音楽なんかに興味がないのかねえ。ちょっと前からうちにいるお姫様も、とてもおきれいなんだけど、こんなつまらない遊びはしないで、ただただ引きこもってばかりいらっしゃるようでねえ」。


大声で得意顔のおばあちゃんに、娘の尼君はやれやれと恥ずかしく思うのでした。結果的に、すっかり中将のヤル気は削がれてしまったので、浮舟にとってはラッキー。


諦めてもらうためにも早く……心のなかで繰り返す祈り


おばあちゃんのリサイタルでぶち壊されたムードは戻ることなく、そのままお開きに。ワンチャン期待をしていた中将は落胆しつつ帰り、速攻で手紙を送ってきます。


「昨日はいろいろなことで心が乱れてしまい急いで帰りました。……忘れられない昔の人(妻)や今のつれない人(浮舟)のことにつけても涙が出てしまいます。どうか僕の誠意を理解していただけるようご説得下さい。僕の心はもう抑えきれない所まで来ています」


お気に入りのお婿さんが可愛い尼君は「本当に娘が生きていた頃が忍ばれて、あなたが帰った後、こちらも泣きぬれておりましたよ。でも、昨夜の母(大尼君)の話からも、あの人が普通と違った姫君であることはご理解いただけたかと思います」。


中将は面白くもない返事を読み捨てますが、いよいよ浮舟のことが気になって仕方ない。今度は堰を切ったようにラブレターが運ばれてくることになりました。


浮舟の記憶はすっかり戻り、薫や匂宮とのあれこれも今はしっかりと思い出せています。そうなるとなおさらに(困ったことだわ、こういう一途さ、熱心さが怖いのに……ああ煩わしい)


浮舟は尼君に「私はまったく興味がないのです。相手の方に諦めていただけるよう、どうか尼にして下さいませ」といい、お経を習って読み、心のなかでも祈ります。


尼君は(本当に変わった人。何に対しても若い娘らしい好奇心とか興味とかのない、引っ込み思案で暗い性格なんだわ)


でもその顔立ちは本当に愛らしいので、尼君は他の点は大目に見て、自らのよすがとしていました。そして、彼女が何かの折に少し微笑むことがあると、尼君は心から嬉しいと思うのでした。可愛いは正義ですね。


出家しながらも心が俗っぽいおばさん尼たちと、真剣に出家を願い、お経を唱える浮舟。作者の込めた皮肉な対比を浮き上がらせながら、いよいよ物語は最終局面を迎えます。


簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。

3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html

源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/


(執筆者: 相澤マイコ)


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