starthome-logo 無料ゲーム
starthome-logo

「人は木や石ではない、心と言うものを持っている」 こらえてもなお流れ落ちる涙……常に冷静な彼が取り乱して泣いた日~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~



互いの想いが交錯! 事態発覚後初の直接対面


突然の浮舟の死。彼女を巡って三角関係に陥った薫と匂宮は、それぞれに衝撃を受けます。しかし直前にふたりの深い仲を知った薫には、未だ「宮が彼女をさらって隠したのではないか」という疑念も……。複雑な胸中を抱えながらも、薫は悲しみに自邸へこもる匂宮の見舞いに訪れます。


多くの見舞客たちが去った夕暮れ時。ちょうどこの頃、薫の叔父の式部卿宮(光源氏や八宮の兄弟)が亡くなったので、薫は薄鈍色(薄いグレー)の喪服をつけていました。少しやつれた顔といい、しっとりと優美な様子です。


表向きには病気としていますが、実際は気落ちして人に顔を見せたくないだけの宮。疎遠な人にわざわざ会う気はしませんが、気心の知れた間柄なら話は別。まるで呆けたような姿を見られるのはきまり悪いと思いつつ、薫を招じ入れます。


思わずあふれる涙……「人は木石に非ず」その真意とは


「別に大した病気じゃないんだ。ただ皆が大騒ぎして、特に母上(明石中宮)などにご心配をおかけするのが心苦しくてね。最近ちょっと世の無常を感じることがあって、それがつらくて……」。


ちょっと目元を拭うだけのつもりだったのに、宮の意思に反して涙はダダ漏れ。(まさか自分が浮舟のために泣いているとは思うまい……ただ涙もろく気弱な男と見えるだろう。それにしても恋人が死んだというのに、やはり信心深いせいか、ずいぶん冷静だな)


薫が手紙の証拠を押さえているとは知らぬ宮。彼のクールさが羨ましく思える一方、死んだ浮舟が愛した男というだけで、なんだか薫すら彼女の形見のように思えてくるのが不思議で、しかと薫を見つめます。エモい。


しかし薫は(やはり浮舟のことがこたえていたのだ。寝取られても気づかぬ大マヌケと、さぞかし笑っていらしたのだろうな)。そう思うと悲しみもどこへやら。適当に世間話を続けた後、ちらりと水を向けます。


「実は近頃、儚く逝った大君ゆかりの人が意外な所にいると聞き、世間を憚ってこっそり宇治に住まわせていたのです。


でも僕はあまり訪ねても行けず、彼女は彼女で僕だけを想ってくれている、というわけでもなさそうでした。でもそんな人でも、正式な妻とはいかないまでも大切にしようと思っていた矢先、急に亡くなったのです。


もうちらとお聞き及びのこともあるかと思いますが、誠にあっけなく、悲しく、世の無常を痛感している次第です」。


言いながら薫の目からも涙がこぼれます。(泣くなんて馬鹿らしい、宮の前で涙などみせるものか)と思っていても、溢れ出したら止まらない。鬼の目にも涙ではありませんが、不意に取り乱した薫に宮もショックを受け、さすがにいたたまれません。


「そのことは昨日ちょっと聞いたよ。本当にお気の毒だったね。お見舞いしたく思ったが、なるべく内々にしておきたいと聞いていたから」。


「ええ、適当な折に宮にもご紹介するつもりでした。中の君とも縁続きですから、自然とこちらで見かける機会もあったかも知れませんね。…お加減がよろしくないときにつまらぬ話ばかりいたしました。こんな話でいっそう病気が悪化でもしては申し訳ありませんので、どうかどうかお大事に」


源氏のイヤミもすごかったですが、その言葉を胎教として聞いていたせいか薫のイヤミもかなりのもの。これくらい言わなきゃ気がすまん!というところでしょうか。


それにしても当代1、2を争うふたりの男をこうまで惹きつけ、死後なおも悲しませる浮舟とは、何という女だったのか。


(本来なら幸運の人と呼ばれても良いはずだったのに、こんなにあっけなく逝ってしまって……)。薫は乱れた心を落ち着かそうと「人非木石皆有情(人木石に非ざれば皆情あり)……」と白居易(白楽天)の詩「李夫人」の一節を口ずさみます。


この詩は漢の武帝と彼の寵妃・李夫人の例を引き、人はみな木石ではなく心を持っている、だからこそ色恋からは距離をおきましょう、でないと心が乱れ惑い、国が傾くことにもなりかねませんよ……と忠告している内容なのです。


白居易(白楽天)は、玄宗皇帝と楊貴妃の悲哀を歌った「長恨歌」がつとに有名で、日本の宮廷文学にも多大な影響を及ぼしました。が、実際の彼は、若い頃は特に痛烈な政治批判をする詩を多く残し、彼自身もそれが最も重要なものと位置づけていたのですが、その精神が仇になり、出世コースを大きく外れることに。その後は次第に日常の悦びを歌う詩風へとシフトしていきました。


どうしても「白居易=長恨歌」のイメージが強い中で、そのモチーフを物語冒頭に据えながらも、白居易の批判精神にも作者は大いに共感を寄せ、自分なりの“長恨歌のアナザーストーリー”みたいなものを書いてみたくなったのが、源氏物語の始まりなのかもしれません。非業の死を遂げた妃にもし美貌の皇子が生まれていたら……と。


そして今、彼の息子である薫は「人木石に非ざれば皆情あり」と口ずさみます。それは彼自身による自戒であり、作者からのキツイ皮肉です。でも心乱れたくなければ恋なんかしなければいいじゃない、とはいかないのが人間。ここでも作者は、悟りを目指したはずの彼が恋の泥沼にはまり込んでいく矛盾を嫌というほど描き出します。


かたやリア充、かたやぼっち……応酬に見るふたりの差


月も変わり、4月10日(旧暦)なりました。本来なら今日が浮舟の引っ越しの日。無念の思いに浸る薫の前に、橘の香りとともにホトトギスの声が。ホトトギスは冥界に通う鳥、「彼女の元へ行くのか……」と思いつつ、それだけでは気が収まらず二条院に手紙を贈ります。


「忍び音や君も泣くらむかいもなき 死出の田長に心通わば」(死出の田長=ホトトギスの異名)。そっちでも浮舟ちゃんを想ってまだ泣いてますよね? というあてつけに宮は「橘の薫る辺りではホトトギスも気をつけて鳴かないとな。困ったね」


中の君も、匂宮の告白によって経緯を知っていました。「ずっと君が彼女のことを教えてくれないので、ムキになってつい……」。まあ、宮の話にはいくらか自己弁護のためのぼかしもあったのですが、そのために夫婦は故人を偲んで語り合い、互いに慰めあっていた矢先の出来事です。


(お姉さまも浮舟も、善い人は早く亡くなると言うけれど……。ふたりとも物思いの果てに亡くなったのを見ると、私は能天気なためにこうして生きながらえているのかしら。でも短命な一家、それもいつまでのことやら)。


宮は中の君を見るたび、その面差しの中に浮舟の存在を認め、中の君は夫の告白により心の距離を縮めます。ちょっと言いづらいけどオープンに話し合い、信頼を深めていく。ここは、かつての源氏と紫の上を見るようです。


でもそんなパートナーもろくにいないのが薫。かたやリア充、かたやぼっち。そう思うと、わざわざ送ってきたクソリプみたいな手紙が一層みじめ……。


少し気持ちは落ちつたけど、やはりどうにも浮舟が死んだというのは信じがたい、どうしても彼女の死の真相を知りたい。宮は時方らお忍びメンバーを宇治へ遣わし、右近か侍従のどちらかに京へ来て詳しい話をするよう頼みます。


「どうしてあの時気づかなかったのか」明かされた詳細に再び絶句


宇治はとてもひっそりして、もはや時方達が近寄っても誰も咎めません。(前回ここに来た時が最後のチャンスだったのに……)。宮の情熱に心動かされ、大変なお忍び旅行を手伝ったメンバーたちも無念です。


すでに母君はここに留まって宇治川を見るに堪えず帰京し、山荘には念仏を唱える僧侶数名と、わずかな女房たちが残っているだけでした。


右近は「今はまだ時期尚早」と今回も拒みますが、せっかく迎えの車まで用意したのにと言う時方の剣幕に押され、代わりに侍従が行くことに。彼女にもためらいはありましたが、あの雪の日の同行以来、匂宮に憧れていた彼女は(この機会を逃したら、もう宮さまにはお目にかかれないかも)と心を決めました。


(姫さまが生きていらしたら、この道を通って京にいかれたはず)と、侍従は涙に暮れながら二条院へ。宮は中の君の手前、さすがに大っぴらにはできず、こっそりと彼女を迎え入れてあれこれと話を聞きました。


浮舟がずっと悩み苦しんでいたこと、亡くなる前夜にひどく泣いていたこと。母に遺した辞世の歌。「姫さまはとても内気で、引っ込み思案なお方でしたので、誰かに胸の内を詳しく明かされることもございませんでした。本当に、まさかこんな思い切ったことをなさるとは夢にも思わなかったのでございます。


今思うと、お手紙などを少しずつ始末なさっていたのもそのためだったのに、どうしてあの時気づかなかったのか……」


詳しい話を聞けば聞くほど、宮の胸は悲しみにふさがります。(前世からの因縁で避けられぬ病死というのでも悲しいのに、あの怖がりの浮舟が、どんな思いで川に身を投げたのだろう! ああ、その場で止めてやることができたなら……)


話は一晩中続き、そのまま夜が明けて行きます。今まで侍従のことを何とも思わなかった宮も、今ではすっかり浮舟の形見のように思われるので「このままここにいたらいい。中の君とも縁がないわけじゃないんだから」


「でもそうさせていただいた所で、やはり悲しみは消えぬものと思いますので、ともかく姫さまの喪が明けましたら」。


宮は「必ずまた来てくれ」と言いながら、浮舟のために用意していた贈り物の一部を侍従に持たせました。浮舟を喜ばせようと思って用意した櫛や衣装など、本当はとてもたくさんあるのですが、全部だとさすがに大げさになるので、侍従に相応なものばかりです。


侍従は(他の女房が見たら一体どこへ行ってきたのか疑われてしまいそう)と困惑しますが、断れるはずもありません。


宇治へ戻った彼女は右近とふたりでその品々の見事さに驚き、これを手に取ることの叶わなかった浮舟を想って泣きます。そして、喪中の家でこれをどこに隠そうかと悩むのでした。


簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。

3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html

源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/


(執筆者: 相澤マイコ)


―― 会いたい人に会いに行こう、見たいものを見に行こう『ガジェット通信(GetNews)』
    Loading...
    アクセスランキング
    game_banner
    Starthome

    StartHomeカテゴリー

    Copyright 2024
    ©KINGSOFT JAPAN INC. ALL RIGHTS RESERVED.