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安楽死の多様化問題!オランダで精神的苦痛が39件、社会的に誤ったメッセージになる恐れ


普通に生きられない苦しみが、安楽死の理由になっていました。

英国のキングストン大学(KUL)で行われた研究が、安楽死が合法化されているオランダにおいて、安楽死が実際に実施された理由を分類したところ、複数の症例で自閉症や知的障害など障害者として生きる苦しみに対して適用されていることが判明しました。

オランダやベルギー、カナダ、コロンビアでは「改善の見込みがない耐えがたい苦痛」に対処する手段として安楽死が合法化されており、この苦しみには身体的なものだけでなく精神的なものも含まれています。

しかし研究者たちは、障害者としての生き辛さを「改善の見込みがない耐えがたい苦痛」と定義することは、医学的に誤ったメッセージを人々に送りかねないと述べています。

オランダで安楽死法が制定された2002年においては、主に末期がんの痛みに対処する手段として安楽死が行われていましたが、制定から20年以上を経て、その傾向が大きく変わりつつあようです。

主観的な「苦しみ」と制度的な安楽死を、私たちはどこまで結び付けていけるのでしょうか?

研究内容の詳細は『BJPsych Open Journal』にて公開されています。

目次

  • 多様化する「安楽死の理由」
  • 知的障害や自閉症が安楽死の理由にされている
  • 障がい者の安楽死を合法化する危険性

多様化する「安楽死の理由」

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Credit:Canva . ナゾロジー編集部

2002年、オランダでは世界初となる安楽死の合法化が行われました。

現在、末期がんなどいくつかの病気で患者たちは、改善する見込みのない耐えがたい苦痛を感じることとなり、安楽死では死をもって苦痛からの解放が目指されます。

2002年にオランダで安楽死が合法化されたときも、議論の中心となったのは末期がん患者の痛みについてでした。

しかし何をもって「耐えがたい苦痛」とするかさまざまであり、法律では身体的な苦しみに加えて精神的な苦しみも安楽死の理由として認められています

そのため制定から時間が経過して安楽死の普及が進むと、安楽死を求める理由の多様化が起こり始めました。

また安楽死の件数も増加しており、オランダでは2012年から2021年にかけて約6万人が安楽死によって死亡しています。

そこで今回、キングストン大学の研究者たちは規則がどのように現場で解釈・適応されているかを調べるため、情報公開されている900人以上の安楽死の事例について調べることにしました。

すると、安楽死を行っているのはほとんどが高齢者であり、がん・パーキンソン病・筋委縮性側索硬化症(ALS)など治療困難な病を抱えている人でした。

しかし調査を進めると900人のなかに、自閉症や知的障碍者が39人含まれていることが判明します。

知的障害や自閉症が安楽死の理由にされている

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Credit:Canva . ナゾロジー編集部

発見された39人のうち19人は知的障害を有し、24人は自閉症であり、4人は両方を患っていました。

一般的な安楽死では61%が、がん患者である一方、この39人のなかでがんに罹患していた人はわずか3人でした。

さらにこの39人で高齢者は少数派であり、18人が50歳未満と他の安楽死に比べて年齢層が若くなっていました(※5人は30歳未満でした)。

この結果は、知的障害や自閉症を理由にした安楽死が、他の安楽死にくらべてかなり異質である可能性を示唆しています。

また安楽死を求める理由を調べると、3分の2の患者たちが自らの知的障害や自閉症が「主要な原因」であると答えていました。

(※8人(21%)は障害が唯一の原因であると答えました)

また「耐えがたい苦痛」の内訳として孤独(77%)、他者への依存(62%)、立ち直る力や対応能力の欠如(56%)、変化に対応できない(44%)など社会関係にかんする問題が多く含まれていました。

知的障害や自閉症の患者たちは知能の低さや他人の考えや感情を読み取る能力の低さのために、しばしば社会関係を円滑に進めるのが困難になることが知られています。

たとえば20代の自閉症男性(仮称:サム)の記録には「サムは幼少期から不幸を感じており、他人と違うことが理由で執拗ないじめを受けていた」と記されていました。

サムは自閉症であっても人との社会的な接触を望んでいましたが、残念なことに他人とのつながりを得ることはできませんでした。

このことがサムの孤独感をさらに強める結果となりました。

そしてサムは自閉症は彼にとって耐えがたい苦痛であり、このようにして何年も生き続けなければならないという見通しは忌まわしく、最終的に安楽死を選択しました。

そしてサムの担当となった医師は、サムの「他人とつながれない孤独感」は彼の自閉症という特性からくるものであり、たとえサムがまだ20代といえ、将来にわたって「改善する見込みがない」と判断

サムは希望通り安楽死することになりました。

また30代の境界性パーソナリティー障害を患う30代の自閉症女性(仮称:マリー)は治療のための支援付き住居に住むことが提案されていました。

しかしマリーは安楽死を望み、医師たちもマリーが人間関係を維持できず、他人との接触が「難しすぎる」と判断。

さらに医師たちはマリーの年齢を考慮しても生涯にわたって状況が改善しないと結論し、マリーの希望通り安楽死が行われました。

また別の知的障害者の男性(仮称:ボブ)の報告書には「ボブは知能が低く反省する能力も欠如している」と書かれており、今後それらが改善する見込みがないとされ、安楽死がなされました。

調査ではサム、マリー、ボブと同じように、知的障害や自閉症の3分の1のケースでは治療不可能とされ安楽死が行われていたことがわかりました。

障がい者の安楽死を合法化する危険性

障害者の安楽死を合法化する危険性
Credit:Canva . ナゾロジー編集部

オランダの法律では安楽死や自殺ほう助が行われるときには以下6つの基準が満たされなければならないとされています。

①患者の自発的意思(患者の希望がまず必要)

②耐え難い苦痛(身体的あるいは精神的)

③治癒の見込みがない(医学的に判断する)

④医師が第三者の医師と相談(複数の医師の意見を取り入れる)

⑤医学的に適切な方法で施行する(薬による死が一般的)

⑥医師が事後届け出をすること(記録を残すため)

現在、オランダなどでは安楽死の基準を満たすかどうかは医師の判断にゆだねられており、公開された安楽死のケースはどれもオランダの法律に照らし合わせて合法で、犯罪性はありません。

しかし調査結果について研究者たちは、知的障害や自閉症にみられる諸症状を安楽死のための理由に使うことについて危険性があると述べています。

知的障害や自閉症の症状を「耐えがたい苦痛」「改善の見込みがない」とすることは、同じ障害を持つ人々にネガティブな印象となる可能性があるからです。

知的障害や自閉症を理由に安楽死が許可されるという事実は、似たような困難を抱える患者たちに対してその状況が絶望的であると、暗黙のメッセージを発信していることになります。

たとえば、もし自分がある難病をかかえているとして、その難病に特例的に安楽死が認められた場合、気分がいい人はいないでしょう。

研究者の1人であるタフリー・ワイン氏の言葉を借りれば、「患者に対して死んだ方がマシ」と伝えるのと同義になりかねないからです。

自閉症の若者が安楽死を実行可能な解決策とみたしていることに動揺した。患者たちの中には死ぬことに対してほとんど興奮状態にある人もいる。彼らは自分の安楽死で自分の問題も家族の問題も終わると考えている
Credit:Canva . ナゾロジー編集部

他にも安楽死を受け入れる社会が問題になる場合があります。

個人主義が未熟な社会では、介護する家族の負担をなくすための安楽死や、周りを思って安楽死した人々を称賛する風潮、さらには「なぜ安楽死しないのか?」という自己犠牲的な安楽死を促す風潮など、個人の「権利」を置き去りにした圧力が形成される危険があります。

日本において安楽死の合法化が進まないのも、自己決定権が制度的にも社会的にも定着が進んでおらず、「他人のための安楽死」が蔓延しかねないからだと言われています。

精神科医であるブラム・シズー氏は

「自閉症の若者が安楽死を実行可能な解決策とみたしていることに動揺した。患者たちの中には死ぬことに対してほとんど興奮状態にある人もいる。彼らは自分の安楽死で自分の問題も家族の問題も終わると考えている

と述べています。

安楽死は改善の見込みがない耐えがたい苦痛を避けるための医療処置であり、患者の家族や他人の負担を減らすためのものではありません。

個人主義が進んでいるオランダでも、他人のための安楽死が起こりかねない点は今後の議論において重要になるでしょう。

ブリティッシュ・コロンビア大学のステイトン氏は「知的障害や自閉症を持つ人々の死を助けることは本質的に優生学だ」と述べています。

またカナダなどオランダよりも規則の緩い安楽死法を制定している国では、安楽死にかんする記録を残していません。

そのため研究者たちは、今回明らかになった知的障害や自閉症患者の安楽死は、全体のごく一部に過ぎないと述べています。

安楽死がないとしても、日本における自殺の主な原因が健康問題であることを考えると、安楽死を合法化するべきという意見も理解できます。

しかし、人が死を選ぶのは苦痛よりも、希望がなくなったとき、というのはよく聞く話です。

安楽死の合法化によって、第三者である医師が死ぬこともやむを得ないと判断する症例は、今後生きようと努力する人たちの希望を奪うことにならないか、その社会的影響をよく考える必要があるでしょう。

また自身の耐えがたい苦痛を避けるという問題と、家族の負担になりたくないという問題を全く混同せずに安楽死の判断ができる人間というのも理想論のように感じてしまいます。

安楽死という制度は、個人の問題だけを論じているように見られがちですが、実際は社会的に非常に難しい問題を論じているのです。

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参考文献

Factors associated with learning disabilities and autism led to requests for euthanasia and assisted suicide in the Netherlands, Kingston University study finds https://www.kingston.ac.uk/news/article/2843/05-jul-2023-factors-associated-with-learning-disabilities-and-autism-led-to-requests-for-euthanasia-and-assisted-suicide/

元論文

Euthanasia and physician-assisted suicide in people with intellectual disabilities and/or autism spectrum disorders: investigation of 39 Dutch case reports (2012–2021) https://www.cambridge.org/core/journals/bjpsych-open/article/euthanasia-and-physicianassisted-suicide-in-people-with-intellectual-disabilities-andor-autism-spectrum-disorders-investigation-of-39-dutch-case-reports-20122021/93B38EAE616E0A6C378BE308C87253A2
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