V12エンジン縦置きミッドシップだった超スーパーカーのモデルチェンジ。V12搭載のライバルたちに負けない性能を確保するのは当然のことであり、しかしエンジンに求められたのは「小さく」「短く」「軽く」「安く」といった要件だった。


TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo) PHOTO:McLaren/RICARDO

マクラーレンは、MP4-12Cのエンジン開発を同じ英国企業であるリカルドに依頼したことを公表した。前作『F1』のエンジンはBMW製であり、製造もBMWだった。新作のエンジンはリカルドが担当したのである。しかも、リカルドとして初めて、エンジンの量産も請け負った。BMWという量産メーカーが行なっていたことを、エンジニアリング会社であるリカルドがそっくり請け負ったのである。




MP4-12C用のM838T型エンジンはどのような開発手順だったのか。リカルドに尋ねたところ、以下のような解答だった。




「マクラーレン側はすでに車両パッケージングをほぼ決定していた。エンジンルームの寸法も決まっていた。性能目標は、最高出力600ps、最大トルク600Nm以上であり、同時に燃費要求が厳しかった。環境負荷がもっとも小さいスポーツカーを造りたい、という要求だった。90度バンクのV8でツインターボというエンジンの基本も、マクラーレンが考えていた」




こう聞いて思い浮かべるのは、航空機の設計手順である。あるコンセプトに沿った機体設計について、最終的な性能要求を満たすためのエンジンを選択する。現在のターボジェット/ターボファンなら推力と燃費率はどれくらい、エンジン重量とサイズはどれくらい、そしてメンテナンスも含めたコストも勘案してエンジンが決定される。マクラーレンは車体設計なり車両コンセプトが専門であり、エンジンは自由に選択するという航空機的設計手法を採る。リカルドにエンジン設計を依頼し、ついでに量産もとなったことは不思議でも何でもない。それだけリカルドの実力を評価していた、というだけの話だろう。「エンジンは英国製でなければならない。人件費が安いからといって海外に生産移転したくない」というオーダーも、マクラーレンは真っ先にリカルドに伝えたという。

手前がMP4-12Cで奥が93年デビューのF1。遠近法の効果もあるが、実際にF1のほうがボディは小さく、その凝縮感は戦闘機のようだ。新作は想定されたライバルと同じ土俵のエキゾチックカーという印象。しかし、発表された頒価は邦貨換算で2700万円台であり、コストパフォーマンスは抜群と言っていいだろう。

M838Tのベースになったのは、90度バンクのV8である日産のVH系ブロックだった。エンジンの諸元はマクラーレン側がほぼ決めていて、その初期コンセプトについてのリカルドとマクラーレンの間の検討期間は短かった。もっとも大きな要因は車両発売時期であり、量産立ち上げまで18カ月という短期決戦だった。




「車両の前後軸重は、運動性の面からマクラーレンが決めていた。変速機(最終的には7速DCTに決まる)も含めたパワーパッケージ重量の管理は大変だった。それとターボの熱。熱レイアウトが難しかった。シャシー設計上の都合から、すでにエンジンベイまわりのCAD図面があり、そのなかに600psの過給エンジンを収める。パッケージングには多少の余裕があったが、それでも簡単ではなかった」

排ガス浄化のための三元触媒は、ターボからの排気を両バンクのシリンダーヘッド方向へと上方に導いた先、シリンダーヘッド直後に位置する。その先で左右からの排気はひとつの消音機に入り最後にふたたび左右に分かれる。この付近のレイアウトは、サスペンションアームや横断材、エンジンマウントなどを避けながら、しかも熱溜まりを発生させないよう工夫されている。




「言ってみれば、スーパーカーの世界にダウンサイジング過給エンジンを持ち込むわけで、NA(自然給気)エンジンのV12という前作のフィールを過給で作り込まなければならない。過渡トルクのレスポンスをできるかぎり遅れなく作ることがいちばん難しい。ターボ過給は遅れが出るという、古いターボのイメージを払拭しなければならなかった。そのうえでエンジン回転数は8500rpmまで確保する。93mmという、比較的大きなボアでターボの過渡トルクを作り込み、ボアに対して短い69.9mmというストロークの特徴を、回転レスポンスで演出した」

開発期間が短かったこともあり、エンジンの細部は信頼性のある技術があてがわれた。シリンダーライナーはハット形状で、内部表面はニカシルコーティング。ピストンは英・カプリコーン製。ターボは三菱重工製。クランクシャフトはフラットプレーン。エンジンブロックは重力鋳造。エンジン搭載高を低く抑えるため潤滑系はドライサンプ...といった具合である。




「必要なトルク/パワーを得られるのなら、エンジンはできるだけ小さいほうがいい。この種のスーパーカーでも、ある種の一団の顧客にとっては、もはやエンジン排気量の大小などどうでもいいことだ。しかし、過給エンジンには過給エンジンの難しさがある」




燃焼解析では、リカルドは世界的に有名だ。エンジン内部で発生している現象に対し、どこをどう改良すれば良い方向に向かうかというデータの蓄積は厖大だ。そうした背景がなければ、これほどのエンジンをわずか18カ月で仕上げることは不可能だろう。M838Tエンジンは、ユーロ5排ガス規制と米国のULEV2にパスしている。このままでユーロ6対応もOK。公表されているEUでのモード燃費は約11km/lであり、「グリーネスト(環境に優しく)・クリーネスト(排ガスがきれいで)・アンド・ミーネスト(意味のある)」とマクラーレンは表現している。

約600m²という小さな工場で組み立てられるM838Tエンジン。外部からホコリが入らないよう作業エリアは与圧され、全体がクリーンルームである。ほとんどの部品はサプライヤーが製造を担当し、リカルドは組み立てを行なう。

少々意地の悪い質問をしてみた。「ダウンサイジング過給エンジンの開発は、高回転型NAエンジンと比べておもしろいですか」と。「ダウンサイジング過給も高回転化も挑戦には変わりない。それぞれに課題があり、我われに要求される対処法は違うが、両方とも技術面での挑戦だ」との答えだった。まさに、依頼された仕事は何でもこなすというエンジニアリングのプロ集団らしい発言である。

■ M838T


形式:水冷90度V型8気筒DOHC


総排気量:3799cc


ボア×ストローク:93.0×69.9mm


圧縮比:8.7


最高出力:447kW/7000rpm


最大トルク:600Nm/3000-7000rpm


過給の種類:ターボチャージャー ×2
情報提供元: MotorFan
記事名:「 内燃機関超基礎講座 | マクラーレンV8エンジンの開発プロセス。ターボでV12を超える。