ニューヨーク・タイムズ紙のエッセイスト、バーバラ・グラハムが幸せのメカニズムについて伝えます。(3回シリーズで紹介)

「幸せ」という言葉ほど、人によって思い浮かべるものが違う言葉もなかなかないですね。”あらゆる心配ごとがない状態”を考える人もいるかもしれません。でもだからといって、幸せになったら突然心配事や重荷がなくなって、環境が一夜にして変わるものでしょうか?そうでもなさそうですよね。最近の幸福に関する科学的な研究で少し深くひも解いてみましょう。

私が子供の頃、家族旅行でラジオ代わりに父がよく歌を歌ってくれたのを覚えています。時に母も一緒です。今思えば暖かい家族の思い出ですが、当時の私にとって嫌だったことがありました。残念なことに父の歌声は音程が結構ずれていたんです。その頃はもう兄が家を出ていて、話相手もいなかったので、車の後部席にいた私は「今、中国に向かう海賊船にいるんだ」と思い込むことで、父の歌声を聞くまいとしたものです。そんな父、バーニーは今思うと特別幸せかというとそうでもなく、なかなかに幸せを感じている人だったと思います。そして彼の歌のレパートリーには、必ず幸せに関する歌が入っていました。

母は父ほど幸せを感じやすいタイプでは無かったとおもいますが、父と似たような文化で育ったせいか、両親にともに、幸せにとても価値を置いていました。と同時に、怒り・失望・恐怖や悲しみといった感情は、弱い性格の象徴と考えていたようです。そんな感情を持つことは恥ずかしこと、とまで考えていたかも知れません。そしてそんな両親からの影響を、私も幼少期から強く受けているわけです。私の両親や私のように、”幸せを目指すこと”が当たり前になっている人、結構多いのではないでしょうか。
 

幸せ研究のこれまでと現代の研究成果

どうしたら幸せになれるのか?といった、“幸せのメカニズム“の研究は、17世紀後半に始まり、18世紀にわたってもずっと研究され、また発展し続けてきました(トーマス・ジェファーソンやジョン・ロックなど)。17世紀以前には、苦しみは当たり前のことであり、幸福は運の問題であると考えられていましたようです。実際、Happinessの語源であるHAPは、古代ノルド語や古代英語のどちらにおいても、運やチャンスを意味します。

それでは現在はどうでしょう。ダートマス大学の歴史学教授であり、また”Happiness: A History”の著者でもあるダリン・マクマホンは20世紀の幸せについて述べています。
 

 

多くの人が、幸せとは快楽や楽しいことから、痛みやつらい経験を差し引いて残ったものと考えています。だから、痛みを減らして喜びを増やせばもっと幸せになれる、そう考えがちです。でも、実際はそうでないことは知られていません。
また現代の私たちは、色々なことに責任をもつように教育されています。このため、自分が幸せでないと感じた時には、自分自身の責任として、罪悪感や不完全な自分を感じます。ときには“より不幸”にさえなってしまうのです。さらに言えば、”幸福な人はポジティブ思考で、また何事にも縛られていないはず“と考えることは、”ネガティブ思考になったり、何かに縛られているのは良くない”と考えてしまうことにもつながる、そんな影の一面をもっています。

私達もこういったことに、気が付かないうちに束縛されていないでしょうか。例えば、よく使われる言葉の「心配しないで」とか、「お幸せに」という言葉。私の両親もそういう時がありましたが、特別幸せでないときでも、幸せであるかのように振る舞おうとしたりしていませんか?
 

物質的に満たされているのに幸せを求めるのはなぜ?

現代はかつてに比べれば平和な世界に住んでいて、暮らしやすい環境があり、少なくとも先進国であれば食事に困る人も少なくなりました。そういった良い環境があるにもかかわらず、なぜ私達は幸せを求めるようになったのでしょうか。

幸せになりたい人のために、沢山の幸せに関する情報があふれています。大量に出版されるベストセラー本、スマートフォンアプリ、ウェブメディア、ワークショップ、TEDトーク、オンラインコース、雑誌記事など。物質的に満たされている現代で強く幸せを追い求めるのは、精神的に満たされていないからとも言えそうです。また、より深い幸せをもたらしてくれる真理や科学的な方法論があると期待している面もあると思います。
 

社会的成功に幸せを求める危険性

幸せになるために、「高い年収や社会的地位などの環境」が重要と考えている人は今でも多いと思います。成功=幸せ、結婚できれば幸せ、と言った風に。しかし、それら環境による幸福への影響もちろんありますが、実は長続きしないものなのです。自分のこれまでの辛い出来事を思い出してみてください。恐かったこと、大切なものや人を失ってひどく落ち込んだこと、深い悲しみにくれたことなどあると思いますが、多くの場合で克服したのではないのでしょうか。実はこれと同様のことが、良いことや良い環境の変化でも起きるのです。年収や社会的地位が上がると確かに幸せを感じるのですが、悪いことを克服するようにすぐに慣れてしまうのです。言い換えれば、最低も最高も続かないと言うことです。

私自身の人生を考えてみても、これらは結構当たっていると感じます。新しい彼氏が出来た時、別の街へ引っ越して楽しかった時、名のある雑誌で記事を書けるチャンスをもらった時など、これまでに沢山の良いことがありましたが、どれひとつとして私を永遠に幸せにしたといえるものはありません。もっと身近なものでも同じです。美味しいスイーツを食べると、私は普段より陽気で明るくなりますが、もちろん一時的でずっと続くわけではありません。

カリフォルニア大学バークレー校”Greater Good”科学センターのディレクターであり、”The Science of Happiness”という10週間の無料オンラインコースを提供しているエミリアナ・サイモン・トーマスはこう言います。
 

 

私たちの多くは、家や車などの所有物や、社会的地位や年収などの努力の成果を”幸せを測る基準”として考えています。しかし、そんな“幸せな将来像”を目指して努力している人ほど、不幸になりがちなのです。(経済的、社会的な意味での)成功を目指す人の多くには余裕がありません。その結果、地域コミュニティにつながることが減り、互いに協力して何かをする機会が減りました。アメリカ人の3人に1人が、なんでも話すことができる相手がいないというデータもあります。また人とのコミュニケーションでも仕事でも、成功にこだわるあまり失敗を恐れ、チャレンジすることが減っています。しかし、人間が幸せを感じるのは、こういった人との関わりや、チャレンジ、成長感を味わっているときなのです。

また、理想的で幸せな状態をひたすら追求し続けたり、維持するのが困難なくらいの高い水準を維持しようとすると、努力が裏目に出ることがあると、カリフォルニア大学バークレー校の心理学の准教授であり、過度なポジティブ感情によるマイナス効果を研究しているアイリス・モースは述べています。”ポジティブに自分の可能性を高く見積って、大きな結果を期待しすぎる傾向があるかどうか。幸せな人かどうかを判断する上で重要なポイントのひとつです”
 

現在の研究が解き明かしている幸せの方程式とは

幸せ(Happy)という言葉には「喜び」という意味が含まれますが、麻薬などで一時的に喜びが高まった状態でも”Happy”という言葉が使われます。このため、現代の多くの心理学者はHappyに代わる言葉や概念を作り出しました。

イリノイ大学の心理学教授で、幸せ研究のパイオニアと言われるエド・ディーナーは「人生の満足度の個々の度合い計測する正確な方法(人生満足度尺度)を開発し、その中心に「主観的幸福」を使っています。年収や社会的地位など簡単に数値化できるものではなく、その人本人が満足しているかに着目した例です。

ポジティブ心理学の名付け親で、最近では、”Flourish”などの著者でも知られるマーティン・セリグマン博士は、研究の焦点をHappiness(幸せ)から “Well-being”(心身の長期的な幸せ)へ移しています。彼は“Well-being“のためには、5つの不可欠な要素があると伝えます。すなわち、”ポジティブ感情”、”人生の目的とやっていることを結びつけること”、”人生の意味”、”ポジティブな人間関係”、そして”自己の成長や達成感”の5つです。

別の心理学者は幸福を二つの要素、eudaimonic happinessとhedonic happinessに分解しました。eudaimonic happinessとは、他人のために何かをしてあげる時の感情から生じるもので、何かしら意味のある気高い目的に向かって、努力した結果得られる幸せです。もう一つのhedonic happinessとは、美味しい食事を楽しんだり、愛し合ったり、楽しんだりするような自己の欲に基づく快楽的な幸せです。これら2種の幸せはともに重要で、満ち足りた生活にとって欠かせないものと言われます。また、ノースカロライナ大学チャペルヒル校のバーバラ・フレデリクソンと、UCLA医学校のスティーブン・コールによる最近の研究では、eudaimonic happinessレベルの高い人の血液サンプルが、hedonic happinessレベルの高い人の血液サンプルよりも優れた免疫応答プロファイルを示したことが分かりました。つまり、eudaimonic happinessレベルを高めたほうが、より病気になりにくく、長生きできるということです。

現代の幸せの研究は、幸せ=運だったころと比べれば大きく進歩していますが、まだまだ明確な幸せの方程式にはたどり着いていません。しかし、ここでお伝えしたい重要な成果もあります。私たちの幸せに関係する要因の研究です。幸せに関係する要因が大きく3つに分けられることが分かりました。ひとつは遺伝、そして年収や社会的地位などの環境、”それ以外”です。これらを数値で表すと、遺伝50%、環境10%、“それら以外“が40%です。


”遺伝”は、生まれもった性格などを指しす。これは双子の研究などでわかったことですが、育った環境と関係なく遺伝的に脳内物質の分泌傾向などが生まれつき決まっていることが分かりました。生まれた時に楽観的だったり悲観的だったりが決まっているのです。これはどうしても変えようがないのですが、50%も関係します。続いて”環境”は、これまでにもお伝えした社会的地位や年収、あるいは住んでいる場所の安全なども含む環境です。多くの方がこれを高めようと努力しているものですが、実は10%程度の影響に過ぎません。最後に残る”それら以外“の40%がここでお伝えしたい重要なポイントです。”それら以外”とは何でしょうか?これは何かというとあなたの「主体的な行動」です。多くの研究の結果、沢山の方法が効果があるとされています。例えば、意識して他人に親切にする、意識して運動する、意識して何かのスキルを身に着けて達成感を感じる、意識していつもと違うことをするなど。このように簡単なことでこの40%部分の幸せ度が上げることが出来るのです。

私はこの40%という数値は驚くべきものだと思います。私のように生まれつき神経質な人でも、悲観的な人でも、収入や地位が低い人でも、同じように幸福度を上げる余地があるのですから。
(つづく)
 

pic from The Health and Fitness Institute

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情報提供元: HAPPY W